碧い月夜の夢
「こんにちは、久しぶりだね。元気だった?」

「はい、お陰さまで元気です」



 笑顔を返して凛々子は答えて、声を潜めて眼鏡に言った。



「魔法の言葉、また役に立ちました」



 そんな凛々子に耳を近付けていた眼鏡は、あはは、と笑う。



「そうか、それなら良かった。ごめんね、最初に見た時から気になって…何だか放っておけなくて」

「そんな、謝らないで下さい。あたし本当に、助かったんです」

「言葉って大事だからね」

「はい」



 言葉は人を傷付けるし、元気付けたりもする。

 この人の言葉で、凛々子は身体の中に貯まっていた言葉を、勇気を持って吐き出す事が出来た。

 そして、あの夢を見る事はなくなった。

 ――…レオンに会えないのは、寂しいけれど。

 少し沈んだ表情を浮かべた凛々子の肩に手を置いて、眼鏡は言う。



「だからね」




 凛々子は顔を上げた。

 眼鏡はまた、にっこりと笑って。




「早く起きてあげて」



 え? と聞き返そうとしたが、眼鏡はそれだけ言うと、笑顔を残してカウンターの中に戻っていった。

 もしかしてこれも、魔法の言葉なんだろうか?

 それにしては、励ましの言葉でも何でもない。

 仕事に戻った眼鏡を、首を傾げながら見つめて、凛々子はサヤカが待っている一番奥の海側の、この前と同じ席に座る。



「お待たせ、ごめん…って、え?」



 アイスティーのストローをがじがじと噛みながら、サヤカは恨めしそうにこっちを睨み付けていた。

 尋常じゃないその雰囲気に、凛々子は固まる。



「あんた…いつの間にあんなに仲良くなってるのよ…? ずるいよ、抜け駆けするなんて」



 いや、抜け駆けどころか、そんな気は全くないし、サヤカだってただのファンなだけだろうに。



「いや、この前偶然、海岸で会っちゃって。あの人は、あたしの事覚えていてくれてね。挨拶しただけだよ」



 しどろもどろで言い訳をしている凛々子の鼻先に、サヤカはピッとストローを突き付けて。



「モテるのよ、あんたって」




 そんな事を言う。



「誰が?」

「何すっとぼけてんのよ、自分で気付いてないでしょ」

「ちょっと待ってよ、何が?」

「この前、会ったでしょ。桜井浩司に」

「………」



 ――本当に。

 どうしてこんなに、噂と言うのは簡単に広まってしまうのだろう。

 またきっと、根も葉もない噂が流れているんだ。

 そんな事を考えて、凛々子は、じっとしたまま黙り込む。
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