親友を好きな彼
「こちらこそ、よろしくお願いします…」
周りの羨ましそうに見る目には気付かない振りをして、私は彼に笑顔を向ける。
だけど彼は、そんな私を見て小さく吹き出したのだった。
「な、何ですか?」
どこかバカにされた様な気がして、自分でも眉間にシワが寄ったのが分かる。
「いや、そんな引き攣ってまで、笑顔を作らなくてもなぁって思って」
「私、引き攣ってました?」
「引き攣ってた、引き攣ってた。それより、これからよろしくね。慣れるまでは、足手まといになるかもしれないけどさ」
そう言うと彼は、“知っている”といった顔で、私の隣のデスクへと向かったのだった。
「さっき、課長からここが俺のデスクって聞いたから」
「は、はぁ…」
どこか得意げな笑みを浮かべて、彼が椅子へ座った瞬間、懐かしい香りが風に乗って匂い、思わず声をあげそうになった。
「どうしたんだよ?」
「あ…。なんかいい匂いがするね…」
これは…。
この匂いは、大翔(ひろと)と一緒だ。
二年前に別れた彼氏の匂い。
「ああ、これか。ただの流行りの香水だよ」
そう言って、小さく笑うこの人に、二年前の大翔の笑顔が重なる。
大翔はラグビーで鍛えられた体つきで、がっしりとしていて、それなのに甘いルックスで男らしさと甘さを兼ねている人だった。
この香水の匂いは当時、外見とのギャップに驚いたものだった。
それを思い出してしまうなんて…。
もう忘れられたと思っていたのに。
「そんな事より、座らないの?いろいろと教えて欲しいんだけど」
呆然とした私に、彼は怪訝な顔を向ける。
「う、うん。嶋谷くんは、何から知っていきたい?」
慌てて気を取り直し、デスクに着きながら笑顔を取り繕う。
「聡士でいいんだけど」
「え?」
「呼び方だよ」
そう言って、悪戯っ子の様な笑顔で、私の顔を覗き込む。
「何言ってるのよ!仕事中よ?そんな呼び方出来るわけないじゃない」
年甲斐もなく、顔が赤くなるのが分かって恥ずかしい。
大翔と同じ匂いを醸しだしながら、私をそんな近くで見ないでよ。
「じゃあ、仕事が終わったらな」
その言葉に、私は小さく睨み返すしかなかったのだった。