矢刺さる先に花開く
出世


同年霜月、二条帝に順仁親王が産まれた。


その為後白河院は、滋子が産んだ憲仁親王を東宮にすることが困難になり。


その他の二条帝への不満からか、何かにすがるかのように仏教へ帰依するようになっていた。


そこで後白河院が造らせた、千体の千手観音像を納める、御堂を清盛が寄進した為喜んだ後白河院が所望するものはないかと、清盛に尋ねた。


だから、清盛の望んでいたこと――重盛が参議にのぼることが叶った。


『誠不束ではござりまするが、何卒宜しく御願い申し上げまする』


重盛の振る舞いは公卿たちにも好印象を与えた。


「だが…私は父上のやり方が不安でならぬのだ」


清盛は対立している二条帝と後白河院のどちらにも取り入ろうとしていた。


重盛は、そんな父の考えがよくわからぬ――と、経子に洩らしていたことがあった。


< 107 / 164 >

この作品をシェア

pagetop