瑛先生とわたし
4 市民センター副所長 深澤さん


今日は深澤さんがやってくる日

真っ赤な小型車が止まったのを確認すると 家政婦の林さんが私を呼んだ

お気に入りの椅子から降りると 林さんが抱っこしてくれる 

そのまま先生の仕事部屋を離れた


市民センターの副所長の深澤さんは 猫アレルギーなんだって

この家に初めてやってきた日 私を見て一瞬あとずさりしたの


”すみません 私 猫ちゃんダメなんです 嫌いじゃないんですよ 

好きなのに 猫アレルギーと診断されて……”


そういうと 綺麗な顔に似合わない大きなくしゃみを三回した



「マーヤ 大事なお客様なんだ わかるね……林さん お願いします」



瑛先生に頼まれたら嫌とは言えないわね

深澤さんも 「ごめんなさいね」 って言いながらアレルギー症状のでた

赤い目で私に謝るんだもの


その日から 深澤さんがくると私は林さんのそばで過ごすことになった

ほかの人とだったら 仕事部屋の一角にある椅子とテーブルで

打ち合わせをするのに この部屋には私の毛があるからダメみたいで 

深澤さんと先生は奥の和室に入っていくの

でも気になるなぁ 和室で何をしてるんだろう

深澤さんって 一週間に一回はウチにやってくるんだもん 

市民センターの副所長さんって そんなに講師の先生の家を訪ねるものなのかな

 
和室をこっそりのぞきに行ってみたいけど 私が動くと林さんに 

「マーヤちゃん そっちはダメよ」 ってすぐに連れ戻されちゃうの


あぁ 気になるわぁ……

だって あの人 すごく綺麗なんだもん







瑛先生が私の字を添削してくださるあいだ 先生のそばで筆の運びを拝見する

真剣な眼差しが文字を見つめ 

「良く書けましたね のびやかな字になっていますよ」 

と優しい言葉にホッとするのもつかの間

私の書いた曲がった字の上を 朱色の真っ直ぐな線が走り修正されていく 


先生は どうしてそんなに素直な線が書けるのかしら

私なんて書いても書いても思うようにいかず 投げ出したいこともあるのに……

けれど 先生の言葉を聞いたり 丁寧な筆先を見ていると 

気持ちが落ち着いてくるの

もう少し頑張ってみようって そんな気になってくるから不思議ね


「この字のはらいは こんな風に筆を運んで うん そうそう」


なんて言いながら 私の手に先生が手を添えて字の形を教えてくださるとき 

どれほど私がドキドキしているかご存知なのかな

大きな手に包まれるって 本当に心地良いわね

先生の手って とっても綺麗

男の人に ”綺麗” という表現は似つかわしくないのかもしれないけれど 

綺麗なのよねぇ


ほら いまだって 「新講座の申し込みが二倍ですか 嬉しいけど困ったな」 

なんて言いながら 口元に手を当てて悩み顔をしている その手が素敵なの

あごを トントン と指先で叩きながら考え事をする顔をみていると 

胸がキュンと鳴って指先がしびれてくるの

こんな人が私のそばにいてくれたら いつも頑張れるのに 

なんてことを思ってしまう

でも それは叶わないこと 

あの人には到底かなわないもの どう頑張っても無理だってわかってる

だから 私は瑛先生との時間を大事にしているの




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