瑛先生とわたし


ほら 瑛の言葉に龍之介の目が もう潤んでる

涙もろいのはいつものことだが それは瑛の前だけだってのも 私は知っている

好きな女には 弱さを隠して虚勢を張って 粋がって そんなんだから

愛想をつかされるんだよ


藍とどんな話をしたかって?

そうだな ほとんどは瑛の話だったな

残念ながら 龍之介のことは ほんのちょっぴりだった 

瑛がどれほど優しくて 藍のことを好きかって 一字違わず言えるほど

聞かされたものだ


そういえば あれはどういう意味だったのか 今でもわからないことがある

いつのことだったか 朝の散歩のとき 川原に座って話してくれた

寒い朝だったのに 顔を赤らめて 口元に手を当てながら 恥ずかしそうに

話すんだ



『昨日の瑛さん 優しかった……私を大事にしてくれたけど……

やっぱり男の人だった 力強くて 背中の筋肉がすごかった

怖くはなかったのよ でも私 初めてだったし すごく緊張して 

泣きそうにしてたら ゆっくり抱きしめてくれたの』


”男は力が強いもんさ 女を守るんだ あたりまえじゃないか”


『守られてるって感じたの それはすごく思った でも……

わぁ 思い出したら恥ずかしくなってきちゃった』


”うん? なんで恥ずかしいんだ? 藍 おまえ顔が赤いぞ 

風邪でもひいたんじゃないのか”



私の心配をよそに 藍は急に立ち上がるとリードを引っ張って 

どんどん歩き出した

引っ張るなって言いたかったけど そんなこと言えないくらい 

前を向いて歩いていって

あのときの藍のこと いまだにわからないんだよな







バロンったら また寝てる

ホント 良く寝るわね

龍之介さんが言うには 年寄りだから寝るんだって

それにしても 気持ち良さそうな顔をしてるわ

藍さんのことでも考えてるのかな


私にはバロンのこと 少しだけわかるのよ

藍さんの写真を見ると くぅーん って声を出すの

すごく すごく好きだったのよね 藍さんこと

思い出もいっぱい持ってるんだろうな


私も 瑛先生とは思い出がいっぱいあるもん

大好きな人のことって いつも思ってるのよね

それは 私もバロンも一緒なの





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