瑛先生とわたし

6 花房弥生の第六感



今日の瑛先生は、朱色の筆を持ってお習字の添削中。

一枚ずつ丁寧に字を直していくの。

ときどき 「この子、上手になったな」 とか 「うん、いい字だ」 なんて

言いながら、すごく楽しそう。

大きな紙に字を書くときの先生も好きだけど、子どもたちが書いた字を見てい

るときの先生のお顔も好き。

お口をきゅっと結んで、眉が引き締まって、うーん、素敵。


お仕事の邪魔にならないように、わたしは出窓に座って日向ぼっこ。

ここは、ぽかぽかあったかいから大好きな場所なの。


あら? 駐車場に車が止まったわ、誰か来たみたい。

大きな荷物を持った女の人が降りてきた。

お辞儀をしてるのは……あっ、瑛先生のお母さんだ!


”先生、弥生先生が来たわよ”


お仕事中の先生に首の鈴を鳴らして教えたら、出窓に近寄って 

「母さん、またか……」 と言って部屋を出て行った。

弥生先生が大きな荷物を抱えて花房のオウチにやってくるのはいつものこと。

デパートに行ったらバーゲンだったから嬉しくて、と家族で食べきれないほど

の食品を買ってきてご近所にも配ったり、 あるときは、知り合いに断りきれ

なくて必要のない物を頂いてきたり、新人研修のセールスマンに同情して品物

を買ってしまったからおすそわけねと持ってきたり、弥生先生らしい理由ば

かり。

必要のない物をもらったり買い物をするのは無駄なのよ、と娘の華音さんは言

うけれど、困った人を助けてあげたいのよと言う弥生先生がみんな大好き

なの。

もちろん私も大好き。

瑛先生も 「またか」 と言ったけれど、迷惑そうな顔じゃないのよね。

瑛先生のお母さんはピアノの先生をしているの、だから、みんな 「弥生先生」

と呼んでいる。

出窓から外を見ていたら、オウチの中から林さんが飛び出してきた。



「まぁまぁ、弥生先生。大変でしたでしょう」 


「瑛はいるかしら?」


「はい、いらっしゃいます」



なんて話していたら、玄関から出てきた瑛先生が、「持つよ」 と言うと、

弥生先生の荷物を全部受け取って家に入っていった。

瑛先生は誰にでも優しいけど、お母さんには特に優しいの。

いいなぁ 瑛先生にはお母さんがいて……


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