瑛先生とわたし

9 渉と一樹の事情



瑛先生はお出かけ、渉は弥生先生のおうちに行って留守。

今日はお稽古もないから誰も来ない。

わたしはお気に入りの出窓でお外を眺めてぼんやり……

雨がしとしと降ってきて、気分まで沈んできちゃった。


深澤さんの事故の知らせを聞いた瑛先生は、蒼さんが呼んだタクシーで深澤

さんが運ばれた

病院に行った。

まさか瑛がタクシーに乗るとは思わなかったな、と龍之介さんが驚いていた。


あのとき、バロンが くぅーん と声をあげたのは、先生の苦しい心がバロン

に伝わったのね……

と言ったのは蒼さん。

真っ青になって、辛そうで、あんな先生のお顔は初めて。

そんな先生を見て、わたしも胸が苦しくなったわ。

だって、先生は深澤さんが心配で、そうなったんだもの。







今日は、いとこの渉も一緒に、花房のじいちゃんちに泊まり。

渉は瑛おじさんと二人暮らしだから、瑛おじさんが仕事でいないときはここに

泊まりにくる。

オレも母親が離婚してたときはときどき来てたけど、親子三人に復活してから

はそれもなくなった。

今日は渉が来るとばあちゃんに聞いて、「オレも行く」 とやってきた。


「どうして一樹が行くのよ」 って母さんに言われたけど 「別に……」 

って言っただけで無視した。

いちいちうるさいんだよ。

行きたいから行きたいんだよ、それでいいじゃん。

なのにずっと 「どうして?」 って聞いてくるから 「ウルサイ」 と言い

返したら、「中二病ね」 なんて知ったかぶりされた。

どこで仕入れた情報か知らないけど、「ウルサイ」 って言ったくらいで中二

病はないだろう。

こんなときは黙ってるに限る。


2才違いの渉とは仲が良い。

どっちも一人っ子だったから渉が弟みたいで、渉はオレが兄ちゃんみたい

だって言ってくれる。

けど、オレの一人っ子ももうすぐ終わりになる。

14歳違いの兄弟ってどうよ。

複雑だよ……



「渉、子どもってどうやってできんのか、知ってるか」


「知ってる……」


「キスでできるとかってのは、なしだからな」


「うっ……うん」



コイツ、詳しくは知らないな、と思ったけど、オレはかまわず話をつづけた。



「7月ごろ生まれるんだ。14歳違いの兄弟だぞ、かなりシュールだろう」


「シュールって?」


「ありえないだろう的な意味だよ」



言ってるオレもよくわかってないけど、それらしい返事をしておいた。

渉が感心したようにオレを見ている。

年下の従兄弟から ”よく知ってるね” って顔をされるとちょっと気分が

いい。

中学に入るといろんな友だちがいて、言葉も相手に合わせて使っている。

オレが言うことすることにすごく関心を示してくるのは、渉がそれだけ興味が

あるってことだと思う。



「母親は、授業参観とか来んなってカンジだよな」


「なんで?」


「マジ、恥かしいじゃん。友達とかに、絶対なんか言われるし」


「だね」


「だろう?」



おなかが大きくなった母親が学校に来たら、ヤダよなぁ。

来るなって言っても、あの母さんなら 「なに言ってんの、行くわよ」 って

言いそうだ。

はぁ、考えるだけで頭痛くなっていた。

話を変えよう。



「瑛おじさん、今日も病院?」


「うん、そうみたい」


「瑠璃さん、おじさんが付き合ってる人?」


「そんなの知らない」


「キレイだよな、あの人」


「一樹、知ってんの?」


「渉んちで何度か会ったことがあるんだ。すっげぇ美人だって思った」



瑛おじさんは、ちょっと知られた書道家で、教えたりもするけど書いた字が

ドラマの題字に使われたり、 学校とか施設とかの看板書いたり、大勢の人が

来る個展も毎年やってて、いろんな仕事をしているすごい人。

オレの話もよく聞いてくれるから、母さんに相談するより瑛おじさんに相談し

たほうがためになるし、すごく頼りになる人だ。

自己中でいろんな意味で、めちゃくちゃな母さんの弟とは思えないよ。



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