Trick or Treat!
「岡さん、こういう席にいるの珍しいですね。」
その飲み会は最初独身男女だけだったはずなのに、あれこれやと増えていき、結局営業本部で時間がある者が既婚未婚問わず参加する事になり、総勢20名弱というちょっとした宴会になっていた。
上川君の前に座り焼き鳥を突きながらテーブルの隅っこでサワーを飲んでいると、隣にいたはずの庄司君がいつの間にかいなくなり、山崎君なる人物が横に座ってきた。山崎君は私よりも5歳くらい下のはず。営業二部のエースで、甘いマスクとその成績から千歳本部長補佐の再来とも言われているらしい。それを本部長補佐に伝えたら「ハンッ!やつなんざまだまだだな。」と笑っていたけどね。
「ん~~~、最初断ったんだけど、娘が友達の所に急に泊まることになったのがバレちゃって拉致られた(笑)。」
「ああそうなんですか。でも俺嬉しいですよ。岡さんとこんな風に飲めるの。」
全く…。彼が来ると分かっているのなら、何が何でもダッシュで逃げれば良かった…。
「そう?あっちの子達といっしょに飲んだ方が絶対に楽しいって。ねぇ上川君。」
目の前にいる同期に救いの手を伸ばす………が、やつはそれには応えてくれなかった…。
「あん?俺はいやだけどねぇ。あいつら狩人(ハンター)だもん。話す内容はドラマとかそんなんばっかりだし、媚び売ってくるのもめんどくせぇ。こっちで七海とくっちゃべってた方が気楽でおもしれーよ。」
「あ、上川さんも同意見です?俺もそうなんですよ。ちょっと相づちうっただけなのに、それだけでキャーキャー騒がれるし、この間なんかたまたま駅まで一緒に帰ったら、翌日には彼女気取りされちゃうし…。」
「おうおうモテ男はつらいねぇ。早く身を固めちまえよっ(笑)。お前、今年三十路だろ~~。いいぞぅ、家族っ!」
上川のばかやろう。奥さんの香苗ちゃんに色々ないことないこと吹き込んでやるっ!
「上川さん、見てると本当にうらやましいですよ。お子さんいくつでしたっけ?」
ビールをくぃっと煽るとのど仏がごくっとうごく。おうおうなんつー色っぽさを醸しだしてんの。向こう側のお姉さん達目がハートだよ。
「みっちゅ~~♪」
ほどよくアルコールが回っている上川君は指を三本立てて、どうやらお嬢さんのマネをしているみたいだ。
「しか~も、今度下に息子が出来たっ!しかも二人!」
「うっそっ!おめでた?双子なの!?」
「うん。今6ヶ月。」
「上川さん、おめでとうございますっ!乾杯しましょうよっ!」
そういって三人で「「「かんぱ~~~~い!!」」」とグラスをぶつけ合った。うへ~~~。上川君、双子の男の子かぁ。
「本当はさ、もっと早く七海とかに報告したかったんだけど、実は切迫になっちゃってさぁ、ようやく安定してきて退院したんだよ。もう天国と地獄行ったり来たり。お腹抱えて倒れてさ、血を出したときには俺どうしようかと思っちゃったんだよ…。お腹の子供だけじゃなくて、香苗までいなくなったらとか思ったら、体中が震えてもうなにもかんも手がつけられなくなってさ…。香苗、昔一度流産しているしさ、そう考えると出産って奇跡だよなぁ。」
ほんのり赤ら顔の上川君、ちょっとしんみりしながら持っていたグラスをいじっていた。確かに一時期上川君は失敗ばかりして上司にすごく怒られていた。きっとどん底だったんだろう。
「だから家族を大切にしたんだよなぁ、俺。奥さんも子供もぜーんぶ大好き。それが俺の原動力。へへへ。」
誰とはなしにつぶやく上川君。きっと奥さんが安定して、ようやくゆっくりと飲む気になれたのかな。君はそういう人だ。離婚してから、2回くらい遊びに行ったけど、彼の家は笑いと暖かさが溢れていた。
元夫もこういう風に思ってくれていた事あったんだろうか。それを私がぶち壊してしまったのかなぁ。私から見たらむかつく事が多かったけれど、あっちから見ても腹に据えかねる事も多かっただろうし…。もっと労り合えたのかもなぁ。
「だ~か~ら~、俺は山崎にも是非結婚してそれを体感して欲しいわけ~。だれか好みの子いないの?」
「俺は岡さん位、のんびり構えている人が好きなんです。」
「勝手に幻想持ち込まないでね。私はそういうのに興味がないだけ。枯れ子上等!」
「え?何、山崎、七海狙いなの?」
「ええ。でもなかなかこっち向いてくれないんです。」
「聞けや、人の話っ!」
そう。この会社に復活してから知り合った人の中で『おかあさん』と呼ばずに、ちゃんと『岡さん』と呼ぶ山崎君はなぜか私にいつもアプローチしてくる。あからさまではないんだけどね、気づくと傍にいる。
最初は書類を社内便を利用せずに必ず手渡しに来るから、まめな人だなぁと思ったんだ。そのうち、外勤から戻ると「おいしそうなお菓子を見つけたんで、いつもフォローしてくれているお礼です。」とこっそりと差し入れを持ってきたり、食堂で鉢合わせるばかりか、気づくと隣の席にいたり…。
そのおかげで彼を狙っている若い子に睨まれる睨まれる。『おかあさんのくせにっ!』って辺りかな。その通りだと思います。だから出来るだけ避けるようにしてきたんだけどなぁ。
「山崎、七海は手強いぞ。前の結婚で相当痛い目に遭っているようだから。」
うっわー上川君の顔が黒い笑顔になった。それはまるで山崎君を見定めるかのような目つきだ。
「その考えをなんとか改めてもらえるだけの努力はしますよ。上川さん、なにかいい案あります?」
「そうだなぁ。」
「ちょい待ち。あんたら当事者無視して何話を進めてんのさっ!」
「だって俺、千歳さんに言われてんだよ。『岡君の事よろしくな。』って。心配されてんだぞ、お前。」
「いや、それ違うから!絶対にそういう意味じゃないからっ!」
「あー、じゃあ本部長補佐公認なんですね。じゃあ積極的に…。」
「断じて違うっつってんの!」
ちょっと店舗内に視線を巡らせれば、おお、山崎君狙いの女の子の視線が痛い。こっちの会話が聞こえないだろう距離なのに。
「ほら、山崎君っ!あっちの子達がきて欲しそうに…っ!」
「上川さん、俺立候補しますからサポートお願いします?」
「うーん。これ次第かな。」
そういってふざけてお金のポーズをとる。
「あ、俺、友達にディックスのファンクラブに入っているのがいるんで、チケット手配してもらいましょうか?確か好きですよね。」
「マジでっ!?乗ったっ!」
「乗るなっっっ!!!」
そんな会話は私が二人の頭にげんこつを落として終了した。その姿を見てまた女の子達が…以下略…
あーん。芽依ちゃんっ!お母さんは大変ですっ!
その飲み会は最初独身男女だけだったはずなのに、あれこれやと増えていき、結局営業本部で時間がある者が既婚未婚問わず参加する事になり、総勢20名弱というちょっとした宴会になっていた。
上川君の前に座り焼き鳥を突きながらテーブルの隅っこでサワーを飲んでいると、隣にいたはずの庄司君がいつの間にかいなくなり、山崎君なる人物が横に座ってきた。山崎君は私よりも5歳くらい下のはず。営業二部のエースで、甘いマスクとその成績から千歳本部長補佐の再来とも言われているらしい。それを本部長補佐に伝えたら「ハンッ!やつなんざまだまだだな。」と笑っていたけどね。
「ん~~~、最初断ったんだけど、娘が友達の所に急に泊まることになったのがバレちゃって拉致られた(笑)。」
「ああそうなんですか。でも俺嬉しいですよ。岡さんとこんな風に飲めるの。」
全く…。彼が来ると分かっているのなら、何が何でもダッシュで逃げれば良かった…。
「そう?あっちの子達といっしょに飲んだ方が絶対に楽しいって。ねぇ上川君。」
目の前にいる同期に救いの手を伸ばす………が、やつはそれには応えてくれなかった…。
「あん?俺はいやだけどねぇ。あいつら狩人(ハンター)だもん。話す内容はドラマとかそんなんばっかりだし、媚び売ってくるのもめんどくせぇ。こっちで七海とくっちゃべってた方が気楽でおもしれーよ。」
「あ、上川さんも同意見です?俺もそうなんですよ。ちょっと相づちうっただけなのに、それだけでキャーキャー騒がれるし、この間なんかたまたま駅まで一緒に帰ったら、翌日には彼女気取りされちゃうし…。」
「おうおうモテ男はつらいねぇ。早く身を固めちまえよっ(笑)。お前、今年三十路だろ~~。いいぞぅ、家族っ!」
上川のばかやろう。奥さんの香苗ちゃんに色々ないことないこと吹き込んでやるっ!
「上川さん、見てると本当にうらやましいですよ。お子さんいくつでしたっけ?」
ビールをくぃっと煽るとのど仏がごくっとうごく。おうおうなんつー色っぽさを醸しだしてんの。向こう側のお姉さん達目がハートだよ。
「みっちゅ~~♪」
ほどよくアルコールが回っている上川君は指を三本立てて、どうやらお嬢さんのマネをしているみたいだ。
「しか~も、今度下に息子が出来たっ!しかも二人!」
「うっそっ!おめでた?双子なの!?」
「うん。今6ヶ月。」
「上川さん、おめでとうございますっ!乾杯しましょうよっ!」
そういって三人で「「「かんぱ~~~~い!!」」」とグラスをぶつけ合った。うへ~~~。上川君、双子の男の子かぁ。
「本当はさ、もっと早く七海とかに報告したかったんだけど、実は切迫になっちゃってさぁ、ようやく安定してきて退院したんだよ。もう天国と地獄行ったり来たり。お腹抱えて倒れてさ、血を出したときには俺どうしようかと思っちゃったんだよ…。お腹の子供だけじゃなくて、香苗までいなくなったらとか思ったら、体中が震えてもうなにもかんも手がつけられなくなってさ…。香苗、昔一度流産しているしさ、そう考えると出産って奇跡だよなぁ。」
ほんのり赤ら顔の上川君、ちょっとしんみりしながら持っていたグラスをいじっていた。確かに一時期上川君は失敗ばかりして上司にすごく怒られていた。きっとどん底だったんだろう。
「だから家族を大切にしたんだよなぁ、俺。奥さんも子供もぜーんぶ大好き。それが俺の原動力。へへへ。」
誰とはなしにつぶやく上川君。きっと奥さんが安定して、ようやくゆっくりと飲む気になれたのかな。君はそういう人だ。離婚してから、2回くらい遊びに行ったけど、彼の家は笑いと暖かさが溢れていた。
元夫もこういう風に思ってくれていた事あったんだろうか。それを私がぶち壊してしまったのかなぁ。私から見たらむかつく事が多かったけれど、あっちから見ても腹に据えかねる事も多かっただろうし…。もっと労り合えたのかもなぁ。
「だ~か~ら~、俺は山崎にも是非結婚してそれを体感して欲しいわけ~。だれか好みの子いないの?」
「俺は岡さん位、のんびり構えている人が好きなんです。」
「勝手に幻想持ち込まないでね。私はそういうのに興味がないだけ。枯れ子上等!」
「え?何、山崎、七海狙いなの?」
「ええ。でもなかなかこっち向いてくれないんです。」
「聞けや、人の話っ!」
そう。この会社に復活してから知り合った人の中で『おかあさん』と呼ばずに、ちゃんと『岡さん』と呼ぶ山崎君はなぜか私にいつもアプローチしてくる。あからさまではないんだけどね、気づくと傍にいる。
最初は書類を社内便を利用せずに必ず手渡しに来るから、まめな人だなぁと思ったんだ。そのうち、外勤から戻ると「おいしそうなお菓子を見つけたんで、いつもフォローしてくれているお礼です。」とこっそりと差し入れを持ってきたり、食堂で鉢合わせるばかりか、気づくと隣の席にいたり…。
そのおかげで彼を狙っている若い子に睨まれる睨まれる。『おかあさんのくせにっ!』って辺りかな。その通りだと思います。だから出来るだけ避けるようにしてきたんだけどなぁ。
「山崎、七海は手強いぞ。前の結婚で相当痛い目に遭っているようだから。」
うっわー上川君の顔が黒い笑顔になった。それはまるで山崎君を見定めるかのような目つきだ。
「その考えをなんとか改めてもらえるだけの努力はしますよ。上川さん、なにかいい案あります?」
「そうだなぁ。」
「ちょい待ち。あんたら当事者無視して何話を進めてんのさっ!」
「だって俺、千歳さんに言われてんだよ。『岡君の事よろしくな。』って。心配されてんだぞ、お前。」
「いや、それ違うから!絶対にそういう意味じゃないからっ!」
「あー、じゃあ本部長補佐公認なんですね。じゃあ積極的に…。」
「断じて違うっつってんの!」
ちょっと店舗内に視線を巡らせれば、おお、山崎君狙いの女の子の視線が痛い。こっちの会話が聞こえないだろう距離なのに。
「ほら、山崎君っ!あっちの子達がきて欲しそうに…っ!」
「上川さん、俺立候補しますからサポートお願いします?」
「うーん。これ次第かな。」
そういってふざけてお金のポーズをとる。
「あ、俺、友達にディックスのファンクラブに入っているのがいるんで、チケット手配してもらいましょうか?確か好きですよね。」
「マジでっ!?乗ったっ!」
「乗るなっっっ!!!」
そんな会話は私が二人の頭にげんこつを落として終了した。その姿を見てまた女の子達が…以下略…
あーん。芽依ちゃんっ!お母さんは大変ですっ!