Trick or Treat!
 そして私の訴えを全く無視しながら飲み会は終了。

 さすがに二次会は遠慮させてもらおうと、お金を払い隙をついて、とっとと帰ろうとして……、山崎君に捕まりました…。神様、コンパスの差が卑怯です…。

「駅まで送りますよ。」
「大丈夫。そこまで酔ってないから、山崎君はとっとと二次会へ…。」
「誰かに襲われたらまずいですから。」
「誰も襲わないって。」
「じゃあ俺が襲います。」
「待て。話がおかしいから、とっとと離れろ。」

 結局そうやって私から離れる様子が全くないので、仕方ないから近くの公園に休憩がてらベンチに座って、彼の買ってきた缶コーヒーを飲むことにした。


「あのさ…。もう分かってんでしょ?」
「何がです?」
「私は誰とも付き合うつもりはないの。懲りたの。だから君に見合った女の子にしなさい、って言ってるじゃん。」
「俺には七海さんがいいんです。」

 うぉっ。急に名前呼びにすんな。どきっとするじゃないか。

「なんでそんなに私にこだわるのよ。別に専業主婦やっていたからって家事が得意でもないし、気は強いし、ビジュアルも普通。元夫には馬鹿女呼ばわりされたレベルだよ?」
「馬鹿女?まずはその元夫とやらを沈めましょうか。」
「いやいやいやいや、そういう問題じゃなくって。」

 はぁ。ため息の数だけ幸せが逃げるっていうけど、何回私はついたんだ?
 
 なんか話が平行線だ。酒が回って思考も鈍っているのかもしれない。

「ねぇ、なんで私なの?」

 ベンチの背にもたれかかって空を見上げる。都会の空にはごく一部の1等星しか見えない。地上は満天の星が散らばっているのに。

 元夫も最初は優しかった。少し横柄な所はあったけれど、愛してくれていた。それがどんどん変な方向へ行っていざこざが多くなって、それでも芽依が生まれたから、なんとかなると思っていたんだ…。そりゃあ私にだって悪いところがたくさんあった。部屋の片付けが出来ずに何日も散らかったまま、潔癖の彼にはそれが許せなかったんだろう。まぁ、それだけじゃないかもしれないけど。

 私への扱いがどんどんぞんざいになり、果ては私をのけ者にしてその反応をみて楽しむようになっていった。それで私の心もどんどん疲れていって……。これでも少しずつ自分の性癖を直すようにがんばっていたけど、もう手遅れだったんだ。もう外れた歯車は二度とはかみ合わなかった。

 びっくりしたのはそれでも当時夫はうまくやっているつもりだったらしいという事だ。彼の放つ一言一言で自業自得とは言え傷ついて、それを訴えたら「お前が悪いのになぜ傷つく?」と本気で不思議だったらしいから。

 その頃に比べればマシになったとは思うけど、それでも山崎君が私にへんな幻想を抱いて、結婚して『あ、思っていたのと違う』とばかりに、また同じ過ちを繰り返すのはごめんだ。それならば芽依と二人で暮らしていた方がずっといい。

「俺、前に各務町で七海さん母子を見かけたんですよ。なんかバザーがあった日だと思います。」

 各務町、各務町……ああ、あのクラフト市が会った日かな。七海と二人で遊びに行ったんだ。確か後で千歳本部長補佐の息子さんも彼女とかと参加していたとか聞いたなぁ。

「その時の七海さんの顔が忘れられないんです。」

 え?私、どんな表情をしていた?!思わず顔に手をやって首をかしげる。

「ぷっ!そんなにかわいい顔しないでくださいよ。」

 ちょっ!//////  何よその台詞っ!っつーかそのはにかんだスマイルの方がよっぽどかわいいってっ!!

「会社でもいつも笑顔ですけど、なんていうのかな、すごく掛け値なしの優しい表情でお嬢さんを見ていたんです。その時おれ、分かったんです。ああ、この人は家族を大切にする人だって。」

 その言葉はちょっと心が痛かった。私はそんなに立派じゃない。それがちゃんと出来ていたら、元夫だってあんなに荒れた態度には出なかっただろうし、私もその自覚がある。一生懸命さを履き違えていたんだ。離婚という結果になってしまったんだよ。

「それ以来ちょっと気になってあなたの事を見ていたら、たとえばみんなが「おかあさん」って呼ぶきっかけになったゴミ箱だって、あの時、あれがなかったら、会議室のテーブル中紙くずだらけになっていたでしょ?みんなサンプルのパッケージを散らかすしか散らかしておいて、そのまんま作業を進めていたから。あとは昼休みにこっそりお嬢さんのために折り紙を折っていたり、縫い物をしていたり…。なんかそういうのを見つける度にここが暖かくなってくるんですよ。」

 そういって彼は自分の胸をさした。

「それこそ…幻想…じゃん。ママ友では普通の事だよ…。」

 うつむいて応える私に、彼は首を横に振っていた。

「俺、両親からネグレクトにあっていたんです…。」

 その言葉にハッと彼の顔を見ると、とても寂しげな笑顔を向けていた。

「家の中はゴミ屋敷で、ご飯はコンビニか、菓子パンだった。給食って大切ですよ(笑)。本当に。俺の幼少期はあれで栄養を賄っていたんですから。本当にほっとかれていたんです。まぁそんな親を見返したくて頑張って今の地位を手に入れたから、全部が全部悪いことじゃないんですけど…。」

 彼は中高と荒れまくった生活を送るも、高校時代の先生にぶん殴られ、お世話になってそこから立ち直り、なんとか国立大学に入学して奨学金を得たそうだ。そうでなかったら安易にホストとかになるつもりだったらしい。

 いつも明るくて仕事も出来る優秀な彼。綺麗な顔の下に隠れた彼の意外な一面だった。

「それに実は俺もバツイチなんですよ♪」

 こともなげに発言するその内容に私はびっくりしてしまった。バツイチーっ!?そんなに聞いてないぞっ!

「何それっ!」
「学生結婚したんです。当時付き合っていた彼女が妊娠したっ!っていうから。でも実はそれは嘘って後で分かったんですけどね、それでもいっかと思ってたのに、俺が院に進んで彼女が就職してから、生活も心もずれちゃって。結局その後彼女は仕事が楽しくなったらしく、子供いらないし、別れようとか言い出したんで、離婚したんです。」

 うわ~お。なんとまぁハードな人生送ってんでしょ、この綺麗な顔の男子は。

「だから七海さんとお揃い♪別に結婚に幻想なんて持ってないですよ。」

 いや、お揃いとかってそういうのじゃないし。

「俺のこと、嫌いですか?」
「いや、嫌いというか、なんというか、どちらかと言えば好きというか…。」

 そう言ってしまってから軽く後悔。だって彼の表情がすごくキラキラしたものに変化したとわかり…。

「じゃあ俺と付き合ってくださいよ。いや、結婚してください。絶対に幸せにしますから。」

 手をぎゅっと握られてしまった…orz


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