重なる身体と歪んだ恋情

「そうそう、週末の覚えてますか?」

「え? あ――」


思い出したのか、千紗は顔を困ったように歪めて。

それでも一緒に居てもらわないと困りますけど。

だから英語を話せるかと聞けば「通じるかどうかは……」というあまりにも頼りない返事。

私の傍に入れば問題無いがずっとそう言うのも困るな。


「出来れば英語は話せるようになったほうがいいですよ。如月に相手をさせましょう」


そんな提案に千紗は驚きながらもほんの少し、嬉しそうな表情を見せて。

それから誤魔化すようにシャンパンを飲み干した。

知らないでしょう?


「あぁ、なんでしたら今、私が教えましょうか?」

「えっ? い、今!?」


驚く彼女ににこりと笑う。


「What's your name?」


シャンパンは飲みやすくて、


「マ、マイネームイズ、チサ、サクライ」


酔いが回りやすいんですよ。


「あなたはいつまで桜井千紗なのですか?」


私の指摘に「しまった」とばかりに口元を押さえる千紗。

籍を入れて名前を塗り替えても、彼女は私のものにはならないらしい。


「……My name is Tisa Kiryu」

「それでいいです。とりあえず名前くらいは間違えずにお願いします」


やっと吐き出される名前に私もグラスに残る液体を飲み干した。

彼女も同じように飲み干してグラスを机に。

だけど覚束ない手はグラスをおくことも出来ずに。


「あれ?」


床に落ちて砕け散る。


「危ないから触らないで」

「大丈夫です。私が落としたのだから――」


そんな私の警告なんて聞くはずも無く椅子から下りてグラスの破片に手を伸ばして。


「弥生っ、救急箱を! それから――」


指先から赤い液体が床に落ちる。

とても美味しそうな、ざくろのような色をした液体を指先から滴らせて、


「千紗さん?」


彼女は私の腕の中で意識を手放した。




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