重なる身体と歪んだ恋情


「……こんな題名の本が少し前に流行りましたよね?」


そんな私の声に千紗も「あ」と小さく声を上げた。

有島武郎だったか。

確かこの話は自分らしく生きようとした女の一生を書いたものだった気がする。

だが主人公は許婚や家族を裏切り渡米する際に出会った男と同棲、そしてそれが不義であるとされ社会から非難されその男も仕事はクビに。

金を手に入れるために犯罪まで犯して。

最後は病床について苦悩のうちに死んでいく。

そんな話だったはずだ。


「この本についてなにか?」


そう聞いても千紗は首を捻るだけで。


「本はあったかも知れません。祖父は本当に読書家でしたから」


ならばその本を妻である彼女にと言うことなのか。

最愛の妻にそんな本を?

たしかに自由に生きてとはあったがそれならば主人公が自由を得た話を最後の贈り物とするはずだろう?

だったらこれには他の意味があると思ったほうが……。

少し、気にかかっていたことがあった。

私にとってはどうでもいいことだか、残された人間にとってはとても重要なことで。
< 330 / 396 >

この作品をシェア

pagetop