重なる身体と歪んだ恋情
次の日から桜井の家を仮の住まいにすることにした。


「お帰りなさいませ、千紗お嬢様」

「スズ。今日からまたお願いね」


私にとっては居心地のいい実家。

彼にとっては、どうなのだろう?


「私はあの書斎を借りても?」

「えぇ、他に使うものはいませんから。あと、離れの部屋も使っていただいて構いません。スズは住み込みではありませんから」

「出したら暇を出した使用人を何人か呼び寄せましょう。仕事の出来る人間はすぐにとられてしまいますから」


その言葉通り、弥生と小雪が住み込みで、そして料理長の山崎が通いで来るようになった。

如月と郁は今までどおりここに通ってくれる。

この家には庭師がいなくなって久しいから郁の仕事は沢山あるわね。

そして寝室は、


「貴方の部屋でいいのですか?」

「奏さんがそれでよろしければ……」


私の部屋になった。

理由は単純で、奏さんの足では床にお布団を引いて寝るというのは難しい。

出来ればベッドをという事になったのだけど、庭に面した仏間にベッドをいえるのは憚られる。

かといって、両親の部屋はその隣だし、兄の部屋を使う気にはなれない。

お祖母様もいつかはここに帰ってくる。

そうなるとベッドを運び込めるほど大きな部屋は私の部屋しか残されてはいなかったから。

ベッドは如月の手配ですぐさま持ち込まれた。

庭を見れば郁が木々の手入れをしている。

そのそばにはスズがいてお茶を手渡していた。


「千紗様もお茶を飲まれますか?」


そんな如月の声に私は「えぇ」と答えて縁側に腰掛けた。

こんな光景に「もしかしたら――?」なんて変な期待みたいなものが浮かんできて、思わず笑みを零してしまった。
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