重なる身体と歪んだ恋情
少しだけ落ち着いた空間でお茶を飲んで如月や郁と話をする。

桐生家と比べて小さな桜井の家では、小雪や弥生とも少しだけ距離が縮まって思えた。

人数も少ないから、料理長の山崎さんもほんの少しゆったりとしてる。

そう思ったら、


「まぁ! かまどを使ったことがないなんて!」


スズの声にお台所に行くと困った顔をして山崎さんが立っていた。


「ないですよ。今はガスの時代ですよ?」

「ガスなんて。ウチは今でもかまどです! このスズがかまどの極意を伝授して差し上げます!!」


山崎さんの前で腕をまくるスズに思わず笑ってしまった。

笑っていたのだけど、


「いいですか? まずは藁に……」


火が、かまどにともる。

それはとても小さな火なのだけど――。


「奏様、お帰りなさいませ。今日はまた一段とお早い」

「嫌味ですか? 如月。今日は電話が繋がらなくて仕方なく――、千紗さん?」


どんな声も私の耳には届かなかった。

パチッ

火の燃える音だけが聞こえる。

遠いのに、その熱が私を包んでいくのが分かる。

きっとその小さな火は大きくなって――。


「いっ、いやぁ――!!」

「千紗っ!」

「千紗様!?」


逃げなきゃ。

早くここから逃げないと!

そう思うのに、足がすくんで動かない。

心臓だけが尋常ではなく胸を打つ。

誰か――。


「千紗っ!!」


名前を呼ばれて、肩を大きく揺すぶられて、

やっと私の目に彼が映った。


「か、なで……」

「大丈夫ですよ、千紗さん」

「あ……」

「大丈夫です。あれはかまどの火ですから」


分かってる。

けど、体の震えが止まらなくて、声も出てこない。

そんな私を、


「大丈夫――」


奏さんは優しく抱きしめてくれた。

まるでかまどの火から私を守るように。

火が見えなくなって、自分が落ち着いていくのが分かる。

何より、耳に彼の鼓動が聞こえてきて、それが心地よかった。


「あ、足……」


膝を折ってる彼に気付いてそう声を上げると、彼が小さく息を吐くのが分かった。


「もう、平気ですか?」


その声にゆっくり顔を上げると、心配そうに見つめてる奏さんが見えた。


「平気、です……。あ、それよりも奏さんの足――」

「大丈夫ですよ」


ニコリと笑ってそう言うと、彼は誰の手も借りることなく立ち上がった。


「これでも治ってきてるみたいです」


そう言うと、彼は私に手を差し伸べてくれた。

その手を取るとゆっくりと引き上げてくれる。


「少し落ち着いてお茶でも飲みましょうか」


その声に如月が「畏まりました」と頭を下げた。
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