愛を知る日まで
日差しが一段と強いこの日、子供達が皆学校に行くと、真陽は脚立を持って一人で園庭の木の枝を剪定し始めた。
自分の身長より高い脚立に跨がって一生懸命に身体と腕を伸ばしながら大きな剪定鋏を操るその姿は『危なっかしい』の一言に尽きた。
---見ちゃいらんねえ。
スタッフルームからその様子を眺めていた俺は急いで靴を履き替え真陽の元に向かった。
「代わってやる。あんた危なっかしくて見てらんない。」
突然そう声を掛けた俺に真陽は一瞬驚いた顔を見せたけど、素直に礼を言って脚立から慎重に降りてきた。
申し出を拒否されなかった事に少し安堵したけど、「気を付けて。」と声を掛けてくれた真陽に、俺はついいつものように「平気だよ。あんたと一緒にすんな。」と憎まれ口を叩いてしまった。俺はバカだ。
けど
やっときっかけが出来た。
俺は心臓を煩くさせながら、脚立の上から真陽の目を見つめた。
「こないだ、俺がバカって言ったの怒ってるのか…?」
こんなに、誰かの答えを聞くのが怖いなんて。
けど、その緊張が拍子抜けするほど真陽は即答した。
「お、怒ってないよ!全然!」
と。
強張った自分の身体から力が抜けていくのが分かる。
---良かった。本当に。
真陽は、やっぱり真陽だ。
俺を嫌いになったり、しない。
嬉しくて滲みそうになった涙を、流れる汗と一緒に手で拭う。
「柊くん、これ使って。」
真陽が自分のタオルを差し出してくれた。礼を言って受け取ると、ふわりとした感触と共に仄かな彼女の香りがした。俺は顔を拭きながら、そっとその香りに溺れる。
---俺、この女が好きだ。
自分の恋を、自覚した。
生まれて初めて
他人を好きになった自分を、認めた。
嬉しいと、幸せだと思えた
18歳の、夏。