『無明の果て』
第十三章  『罪』
私が今、あの時の涼の事を愛していたのかと聞かれたら、どんな言葉で私の気持ちを伝えるのが適切なのか、慎重に口を開かなければならないだろう事だけは、はっきりと身に染みて解る。




涼に対して、私が出来る最大の応援と同じくらいの心を込めた返事が、涼だけでなく、一行にもまた大きな意味を持つんだと、そう思えるからである。




ある日美しい青年が、仕事ばかりしてきた大人の女に、恋をした。


素敵な事じゃないかと、ドラマチックな話じゃないかと、台本のない人生は、エンディングを知らぬままでも、それだけで輝いているじゃないかと。



愛され慣れない私が、そんな風に思ったなら、きっと結婚などしてはいない。



一行というただひとりの愛しい人に、見付けてなど、もらえてはいない。



そんな涼の一途な気持ちを知りながら、あの時だけ、私の魂は、涼を求めてしまったのだ。


いや、本当は、自分の元から遠ざかってしまいそうな一行の幻を涼に求めたのだと、今ならはっきりと解る事も、あの時だけ、あの美しい瞳は私の心を揺さぶり、私に罪を作らせてしまったのだ。



涼、私のキャリアにずるい事などなかったはずなのに、私の重い罪は



「愛されている」


という、自分だけを大切にする身勝手な思い上がりだったね。




「愛してはいない」



あの時伝えなければならなかった言葉は、胸に潜ませたまま、涼の気持ちを置き去りにしてしまった事を、



「大丈夫」


だなんて、そんな風に言えるなんて、また切なくなるけれど、その想いはそのまま、涼自身の区切りでもあったのだと、きっとそうだと信じてみよう。



許す事が出来るのは、余裕があると云うことなんだと、あの微笑みは教えてくれたのだ。



だけど、涼。


気付いている?


あなたの生き方が、みんなの人生までをも変えて来ていると云うことを。
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