『無明の果て』
でもね、少しだけ解りかけてきたような気がするのよ。


この身体に恐ろしい病が住み着いているとしても、私はまだ生きているんだから、一生懸命やらないともったいないって。



まだ簡単に逃げちゃいけないんじゃないかって。


救いを求めたこの場所で、私が見つけたものは、


”奉仕の心“


そう云うものだったの。


誰も見ていなくても、見ていないからこそ当たり前に、助けを必要としているものに気持ちが動いたのよ。



人は必ず繋がっている。


巡って、また戻って来るわ。



病気が教えてくれた、ただ与えるだけの見返りのない奉仕の心が、痛みや不安を取り除いてくれたのよ。



確実に命が消えかかっているというのに、今頃になって傷つけた人に詫びるような事をしても、笑われるかもしれないけど、簡単に手に入れたものは、簡単に手放してしまいそうで、大事に育てた私達の人生をそんな風にはしたくなかったのよ。


あなたに救いを求めなかったわけじゃなく、あなたの元へ、そんな心が巡って行くような気がしているの。


あなたの後ろから、スーツの上着を差し出すのが大好きだったわ。

あなたは仕事ばかりして、たまには焼きもちも焼いたけど、私がいなくなってしまった事であなたのこれまでを否定したりすることだけは望んでいないのよ。


ただ、あなた、

一度立ち止まって、今までしてきた自分の経験を見つめ返して見て。


私には、今のあなたが忙し過ぎるように思えてならないの。



一緒に見つめられないのが少し心残りだけれど、私にはもうその姿が見えている気がするわ。



あなたが私の所へ来る時がまだまだ先の事になるように、それだけは約束してね。



命が生まれ、そして私の命はもうすぐ天に運ばれるわ。



そう、運命。


優しくしてくれる人があなたに声をかけてくれたら、疑うことなくありがとうと言える、素敵なあなたのままでいてね。



あなた、輝さん。


私を思い出しても、もう泣かないで。


穏やかな気持ちであなたを愛している私は、いつも背中を押しているんだから。

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