『無明の果て』
あの時、私が日本へ戻っていなかったら、涼に何も伝えず、あのまま会えずにいたら、園の「楽園」に見た、一行の胸の傷みを見過ごしてしまっていたら、きっとこの日はやって来なかっただろう。



私が信じられてこその未来を、今は静かに待っている。




深夜、電話の音に飛び起きた。



夢か現実か分からないまま、慌てて手にした電話の声は、思いがけない懐かしい人だった。



「もしもし。

市川か?」



「はい。

えっ…専務ですか?」


「こんな時間に悪いと思ったんだが、時間がなかなか合わなくて、悪いな。」



「いえ、そんな事は大丈夫ですけど、どうしたんですか。

何かありましたか?」


「いや、鈴木に報告を受けたんだよ。

結婚したんだってな。
まったく、市川には驚かされてばかりで、心臓に悪いよ。

おめでとう。
良かったなぁ。

心配してたんだぞ。
てっきり諦めてるとばかり思っていたからなぁ。

挙式は明後日か?」



「はい。
それでわざわざ…

電話を…」


なんだろう。

こんなにも、胸が熱い。


熱すぎて、優しさのかたまりを受け止めるだけの、うまい返事が見つからない。



「どうだ?

仕事の方はうまくいってるのか?」



「はい。

報告もしないままですみません。

もうすぐ一年経ちます。
専務に勧めて頂いて、本当に感謝しています。」



「いや、市川の決断がそうさせたのさ。

自分で決めた道だ。

ところで、市川。

岩沢と何年ぶりかで話したよ。」




半分寝惚けた頭が、目を醒ました。



「えっ。

専務、岩沢さんとお知り合いですか?」



「市川は知らないだろうが、岩沢と私は同期入社なんだよ。

岩沢は同期の中でもずば抜けててな、市川と同じ特修に抜擢されて、そのまま引き抜かれて会社には戻らなかったんだ。


岩沢は市川の先輩になるんだ。


久しぶりに会社に電話があって、退職した事や、奥さんが亡くなった事を聞いて驚いたよ。
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