『無明の果て』
「聞きに行くって…」


まさか、人伝えにこの歌を聞く事になるなんて、そんな日が来る事を待ち望んではいたけれど、あまりの驚きに言葉が出ない私に



「ストリートで歌ってるらしくて、最近はけっこう人も集まってるって、友達が言ってました。
場所は知ってますから。

私もまだ生で聞いた事はないんですけど、ここから近いし、良い機会だから、ちょっと行ってみます?

あ…いつもいるのかどうかは分からないですけど…
わぁ~何だかワクワクして来た。
先輩、良いですよね。」




「良いけど、お店で歌ってるんじゃないの?」



てっきり「M」で歌っているものだと思っていたのに、もうすでに、広い世界へ飛び発っているのかもしれない彼女を、もう一度私のこの目で、近くでしっかり見てみたいと思う気持ちが、身体の中から一気に沸き上がって来るのをはっきり感じていた。


近いと言ったその場所までの道は、私が一行に


”連れて行って“


と言って、一度だけ足を運んだ あの店


「M」


がある通りへと、私を導く。



そして、大通りから薄暗い路地を曲がった、ちょっと先に見えたものは、幾重にも列なった人の波と、そこだけ際立った輝きを放つ、熱気のようなものだった。



「あ…」



「良かった。

やってますよ。」


「あそこって、”M“って云うお店じゃなかったっけ?」



そんな私の声も聞こえないのか、二人は小走りでその人波の中へ入って行った。


一番後ろからそっと近づき、ゆっくり覗き込んだその奥には、あの時より髪の長い、オーラさえ感じる園の姿があった。



園が少し大人っぽく見えたのは、私が母となった時間の経過を見るようでもあるのだろうと、歩む人生の擦れ違いを『楽園』に重ねてみる。



私は園の目線の届かない位置に移り、機材の準備をしている園が歌い出すのを待った。
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