『無明の果て』
第四章  『ひとり』
通りがかりに目に付いた、初めての店のカウンターで、静かに明日を待っている。


一行には、

“ひとりで一杯ひっかけてから帰ります”
とメールを入れた。


“麗ちゃんらしいね。
何杯でもどうぞ。

探してみたい気もするけど、今日は待ってるよ。”


私の38歳は、もうすぐ終わる。



ジントニックは喉に心地良く染み込み、涼がくれた時計は、明日へのカウントダウンを始めた。


後ろのテーブルから聞こえて来る声は、次の休暇の予定のようだ。

休暇。


久しく触れていない言葉に、その姿を想い描く。


休暇。
私には、足りないものがまだまだ沢山あるはずだ。


足早に過ごして来た、独りの時間と引き替えに、意味のある尊い未来や、かけがえのない愛しい人々が目の前にいる。


私が独りでこうしていることを、一行は“らしい”と言う。


二人でいる時の方が本当の姿であるような私に、今日からの私はなれるだろうか。


涼がくれた時計を、一行は

“良かったね”

と微笑んでくれるのだろうか。


秒針を見つめながら、涼にメールを送った。
一行にではなく。


“ちゃんとお礼を言わなかったね。

素敵な時計を有難う。
大切にします。

先ほど、ご承知の通り39歳になりました。”


時間はどんな時でも、同じリズムで未来へ向かうのだ。


今日だけが特別な私ではないはずだけど、やっぱり特別な一日を、大切に過ごそう。


“麗ちゃん、お誕生日おめでとう!

いくつになったかは、知っているので聞かないから、安心して帰って来て下さい”


一行から優しいメールが届いた。


そして、涼からも。


“麗子さんが、自分で買っていない事を祈っていました。

あの時、とても似合っていたから。”


涼が無理をしただろうこの時計は、バックにしまって一行の元へ帰るのがルールだろう。

そして、涼との事を、二人で話した涼の気持ちを、一行に解ってもらおう。


「ただいま。

ごめんね、ひとりでウロウロして。」


「麗ちゃん、こっち、こっち。

お誕生日おめでとう。
また一つ、年の差がひらきました。」
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