『無明の果て』
見慣れない街並みを、立ち止まり、また立ち止まり、二人で歩いて行く。



半日遅れの休暇は、この古い城下町の屋敷跡を訪れる事も目的のひとつだった。


もう夕暮れに近くなってしまったけど。



いつか見た、幼い頃の記憶の中に迷い込んだような、ワープした異次元の世界。



「一行の田舎にもこんな所ある?」



「あるかも知れないけど、行ったことないなぁ。

こう見えても都会育ちだからね。」



「倉敷って、都会なの?」



「そうでもないか。

でも懐かしい気がするのはどうしてかな。」


ひんやりとした広い土間から中庭に続く座敷を抜け、緋毛氈の敷かれた広い廊下は、手入れの行き届いた庭園をよりいっそう引き立たせている。




指をL字に額縁を作り、広い庭園にかざしてみる。



「どれどれ。
俺にも見せて。」



背中越しに一行は



「静かだね。」


と小声で言った。



「写真撮ろうよ。」


こういう静けさを知らずに駆け抜けて来た事を、恥ずかしくさえ思うような無風の空間の中で、私達の存在はあまりに小さい。


ひとりずつ庭の前に座り、シャッターを押した。

背筋を伸ばして。


「一行、抹茶と干菓子どうぞって書いてあるよ。
頂いてみますか?」


「飲み方知らないよ。」


「普通でいいのよ。」


涼しげな薄もも色のあんこ玉は、渋い抹茶とからまって、ゆっくり心のエネルギーを補給してくれる。



「一行、つまらないんじゃない?
ごめんね。
ただでさえ遅れたのに、庭ばっかり眺めて。」



「ううん。
そんなことないよ。
麗ちゃんの休暇なんだから。
麗ちゃんがここを選ばなかったら、来ることは無かったかもしれないね。」



「一行、来週がパーティだよね。

演奏する時間になったらこっそり聞きに行くね。
元カノも見てやる。」

一行は少し困ったように笑ったけど、“私はもう大丈夫だよ”と、そう伝えたつもりだった。


「そろそろ行きますか。

美味しいご馳走が待ってるよ。」
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