『無明の果て』
一行が選んだ宿の玄関には、

『歓迎 鈴木様』

の立て札があり、なんとも照れくさく、だけどそれと同じくらい嬉しいものでもあった。


そして私達は温泉に浸り、部屋に運ばれてくるご馳走を時間をかけて楽しんだ。


仕事は大切だけど、仕事をするための意気込みを蓄えるには、こういう事が大事だったんだ。


「一行、ありがとう。
最高の誕生日プレゼントよ。」


「どういたしまして。
いいね、温泉。
また来ようよ。」


こうして私達の休暇は、気持ちの隙間を埋める有意義な時間になった。


そして温泉の余韻を楽しむ暇もないまま、また慌ただしい日常が訪れた。


会社が地方への開発を進める方針を掲げてから、私の担当も範囲を広げ、一行も的確に自分のやるべき仕事をこなしているようだ。


ちょっと席を外している間に、机に書類が置かれていた。

『大阪支社 名簿』

息が止まった。


[鈴木一行 
大阪支社勤務を命ずる]

新入社員としては、大抜擢である。


だけどあんまりだ。
試練というには 残酷すぎる。
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