『無明の果て』
第六章  『転勤』
パーティの日が近づいていた。



幸せになるためのセレモニーは、華やかな装いの眩しい女性達が、勝負に出る場でもある。



私も何かを期待して、着飾った時期もあったけれど、今となっては照れくさいような、苦笑いさえしてしまう姿にも思えるから不思議なものである。



しっかり考え、人に優しく接し、責任の元に暮らしていれば、人となりが自然に身に付く事など考えもしないで。



私もいつの日にか、その真ん中の席に座り、微笑む事があるんだろうか。



だけど一行に詰め寄って、白か黒かはっきりしろと、簡単に口に出来る事柄だとはとても思えない。



まして、転勤の事実を先に知ってしまっては、これからいくつもの大きな仕事を越えて行く青年に、なおさら言える事ではない。




一生をかけて続くもの。



そして仕事の重要さ、面白さは、私の行動全部で一行に伝わっているはずであると、私は確信している。


だからこそ上司としてではなく、一番近くに居る者として、一刻も早く伝えたいと願いながら、それを止まらせるものは、私が一行の何倍ものキャリアを持ってしまっているからと思うしかないのである。



たとえ帰る場所が一緒でも、会社の人事は、私の口から一行に伝えるべき事ではないだろう。



家族ではないのだから。



社会人として、私的な部分は切り放しておかないと、今の私の尋常でない精神は保てそうにない。



キャリアを積んできた身構えは、こんな時にも意地っ張りだ。



それがいつまで持つのかは、怪しい所だけど。



温泉から戻って一行は毎晩のように、バンドの練習に行っていた。


「どう?
うまくいきそう?」



「どうかな。
盛り上がればいいけど、久しぶりだからね。」



「楽しみだわ。
ステージ衣装はどんなのか決まったの?」



「うん。
普通のスーツだよ。
社会人ですから。」



私はその日、レストランで開かれると言うその場所に、出かける事を約束した。

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