『無明の果て』
今までだって何度か、会社を辞めようと考えた事はあった。



それは、よくありがちな人間関係だったり、思い通り進まない仕事だったり、早々に退社して行く後輩達を見送る事に、疲れた時だったりした。



だけど今までの、後ろ向きでうつむいた気持ちが先行したそれとは、真逆の決意が私にはある。




途中で何が起きても、やり遂げる覚悟がやっと出来たのだ。




「えっ」



「ごめんね、一行。
驚いた?」



「はぁ…

麗ちゃん、これはさ、相談じゃなくて、決定なんだよね。」



「そうよ。
流石ね。

栄転される方は、話が早いわ。」



「いつから考えていたのさ。」



「一行の転勤が決まった頃かな。

でもね、たぶん、そうするきっかけを避けて、すり抜けて来てしまったんだと思うのよ。

それでね、一行、私、会社を興すことにした。」




それなりの地位と、安定した暮らしを天秤にかけて、一から始まる私の力量で持ち上げ、正にそこからスタートするのである。


今まで手に入れた知識と経験で、本当のキャリアウーマンが誕生する事を期待して。


「一行、いつか、自信がついたら、一緒にやってみない?」



一行はしばらく黙ったまま考えていたけど

「どうかな。
多分それはないよ。

麗ちゃんの手伝いだけの仕事はやれないと思う。」



そうね。
そういう一行だから、抜擢されたんだもの。


「冗談よ。」



一行、私の選択は間違っている?


そばにいたいなら、別の方法だってあるはずなのに。


例えば 結婚。


「麗ちゃん、今の俺に何が出来るのか分からないんだよ。

転勤だけでいっぱいいっぱいで、判断がつかないよ。」



明日 会社にこの封筒を提出すれば、誰もが驚く朝が目に浮かぶ。


失敗を怖れてはいけないと、耳の奥から繰り返すのは、きっと未来の私なんだ。


その夜遅く部屋に戻り、入社した頃を思い出していた。


何も知らない若者が、一人前と認められるまで、どのくらいの年月を必要とするのか、私はこれで一人前なのか。
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