『無明の果て』
緊張しているのか、眠れないまま朝を迎えてしまった。



この日が私にとって、一生のうちで何番目かの長い一日になる気がする。



そして一行が新しい土地で、成すべき事を錯綜する日々の始まりの日でもある。



「モーニングコールですが、お目覚めですか?」



「おはよう。
起きてたよ。
麗ちゃん、決心は変わらない?」



「ここで止めたら麗子の名がすたるわ。
なんて、ホントはすごく怖いのよ。

止めるなら今よ。」



「そんな気ないくせに。
おめでとう。
この言葉であってるかな。」



「うん。
ありがとう。

一行こそ頑張るんやでぇ。
負けたらあかんでぇ。」



「なにそれ。
余裕あるじゃない。

いい?
ちゃんと報告すること。
麗ちゃんがやろうとしている事は、麗ちゃんだけの問題じゃないんだからね。」




私がひとつ先のステップに踏み込む決心をしたきっかけは、涼が言った


“麗子さんが幸せじゃないと、一行も幸せにはなれないですよ”

その言葉だった。


送別会の日、涼はいつもの様に美しい瞳で、こうも続けた。



「麗子さん、僕は見てますよ。

共有出来ないのは残念だけど、僕の憧れた人が、もっと素敵になる瞬間を待ってますよ。
僕も負けませんから。

麗子さんと知り合えて本当に良かった。」




涼、私がもっと輝くこと?

私の心がそれに答えたのだ。



そこを出る時涼は 


”さよなら“とは言わず、


”元気で“と言った。


「じゃぁ一行、行って来ます。
うまくいくように祈ってて。」




「行って来い、市川麗子」



大きく深呼吸をし、背筋を伸ばした。



そして私は、会社に私の意思を告げ、話し合いを持ち、会社は私が差し出した『辞表』と書かれた封筒を受理した。



強く引き止められたけれど、


「頑張りなさい。」

と私に握手を求めた手は、痛く、そして熱いものだった。



お昼休みに、後輩の女の子達にメールを送り、会社帰りに会いたいと誘った。
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