『無明の果て』
退職する事が決まったと言っても、手をかけている仕事もあれば、引き継ぎやら、関係相手先への挨拶やら、やるべき事は山ほどある。


ずっとここで少しずつ積み重ねてきた事柄を、ぐるぐるっとひとまとめにして、

”じゃぁ“

と立ち去るわけにはいかないのだ。


一行のいない会社の中で、私は思う。


ここで「っす」ばかり言っていた青年と出会い、仕事ばかりしてきたキャリアウーマンは、恋に落ちた。



戸惑いと希望の日々を、この場所はみんな知っている。



その青年は、すでに飛び立ち、恋したキャリアウーマンは、その青年にずっと恋をしている。


センチメンタルなんかじゃない。


私の履歴がここにあるのだ。


だけどそんな事も、すぐに新しい風景に変わってしまうのだろうけど。


一行には、辞表が受理されたこと、後輩達には先に知らせた事、大阪へはあまり行けそうにない事を話した。



「一行の方は、初日どうだった?」


「うん。
まだ何も始まってないよ。

だけど、一から仕事が出来るってのは、楽しみかな。」



「そう。良かったね。
何も手伝えなくてごめんね。」


「なに言ってんの。
麗ちゃんの力になってないのは俺のほうだよ。」



思いきって涼の事を話してみよう。



「会社をやろうと決心したのは、涼くんの言葉が後押しでもあるのよ。」


返事がないのは、聞いているという事なんだろう。



「涼くんに言われたの。

私が幸せじゃないと、一行も幸せにはなれないって。


涼くんがもし、私と一行をちゃんと見ていなかったら、そんな事は言わないでしょう。


少しでも私に好意を持ってくれた事が、涼くんにはプラスだったのか私にはわからないけど、その想いに応えられない分、形で返そうと思ったの。


一行は友達だから、もうこれっきりって事はないだろうし、私なりの返事みたいな事かな。


うまく言えないけど、私の幸せを選んでいいなら、仕事は続けようって。

それも私のしたい仕事をね。
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