みじかいおはなし


「…もしもし?」
「あ、俺。着いたよ」

耳元で聞こえる彼の声ににやつきながら、さっき見た場所に車が停まっているのを想像する。

「わかった、すぐ行く」

私はそう言いながら、鞄を持って玄関へと向かう。
少しだけ、彼の声がいつもと違うように感じたけれど、気にとめている暇はない。
やっと、彼に会えるのだ。早く、彼のところへ行きたい。
私は慌てて靴を履いて、部屋を飛び出す。


さっきドアの影から見た、アパートの脇には見慣れた車と見慣れた人影。
顔のにやつきを必死に抑えながら、私は落ち着いて声を掛ける。


「おつかれさま」

彼に近づくと、煙草の香りが鼻をかすめる。
あまり好きじゃなかったこの香りが、今では落ち着く香りになっている。

「うん」


仕事帰りでスーツ姿の彼は、煙草をくわえたまま短く答えた。

彼が煙草を吸い終えるまで、車の外でたわいもない話をする。
私の今日の夕飯の話を聞きながら、彼は煙草を灰皿に押し付けてゆっくりと煙を吐いた。


「…行こうか」

私は頷いて車の助手席に乗り込む。




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