みじかいおはなし
ハンドルを握りながら、彼はずっと前を見ていた。
なんとなく重たい空気を感じて、私は声を出せずにシートベルトを子供のように引っ張る。
話したいことは、たくさんあるのに。
「ねえ」
車内に突然響いた声に、少し驚いた。
私は返事をする代わりに、彼の方を向く。彼はまだ、前を向いたままだ。
「話があるんだけど、いいかな」
私は引っ張っていたシートベルトを握りしめる。
いいかな、と私に許可を取っているようで、でも決定事項のような言い方。
「…いいよ」
きっと、私の話したいことと、彼の話したいことは違う。
車を停めた彼は、重苦しく息を吐く。
いいよ、なんて言わなければよかった。私の頭の中はそれだけだった。
ちらりと彼を盗み見ても、彼はハンドルにもたれて相変わらず前を見ていた。
今日彼は、私を一度も見ていない。
本当は全部わかっているけど、私はわからない振りをする。
必死に自分を誤魔化そうとしたのだ。
どうしたって、彼がそうはさせてくれないのに。
「別れて欲しいんだ」