唯一無二のひと





「この頃、よく昔の事を思い出すんだな…」


布団の中で仰向けになった秋菜がそう呟くと、豪太は眉を顰めて心配そうな顔をした。



「それって、もしかして育児ノイローゼじゃね?」


目の悪い豪太は、コンタクトレンズを外すと紺色のフレームの眼鏡を掛ける。



「豪太は?思い出さない?昔の事」


隣の布団で腹這いになっている豪太に訊く。


「俺?ぜんっ然、思い出さない。
朝日山学園って何だっけ?って感じ。
秋菜と柊。それが全て。
今と未来しかない!」


豪太は上機嫌で言った。


「そういえばさあ…」


腹這いから身体を起こし、右手を頭に当てて秋菜の方を向く。


「由紀恵さんの言ったことだけど、よく考えたら、それって悪くねえかもって思ってさ。
ってかさ、横浜で戸建てに住めるなんてすげえよ。
由紀恵さんが島田さんと結婚するなら、島田さんは秋菜の父親になるんだから、同居したって普通じゃね?」


「豪太!やめてよ……」


秋菜はうんざり顏をした。


島田との同居をよしとするなんて。


「一戸建てって聞いて、欲に目が眩んでるんじゃない?
大丈夫?心配になるよ」


「あ?」


豪太の顔色がさっと変わった。


「ざけんな!欲に目が眩んだとか
言ってんじゃねーよ!」


声を荒げ、眉を歪ませて秋菜を睨みつける。

秋菜は慌てた。


「あっ、ごめん。言い過ぎちゃった。
嘘だから。ごめん。気を悪くしないで」


豪太に嫌われたくなくて、必死になる。
昔から秋菜はよくこんな風に彼に謝ってきた。


「……別にいいよ」


豪太の返事も昔からいつも同じだ。

この言葉で秋菜達は数え切れないくらいの回数、仲直りしてきた。


それなのに。
今夜はうまくいかなかった。


しらけた表情のまま、豪太は眼鏡を外し、枕元に置いた。


そして、掛布団を引き上げると、
「お休み」も言わないで、くるりと秋菜に背を向けてしまった。




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