ビターチョコレートに口づけを

ああ、だめ。


咄嗟にそう思ってしまった。

お願い。
神様。お願いだから。
彼にこの姿を見せないであげて。
彼は今、とても強がっているけど、とてもとても、雪のこと、愛してるんです。

だって、私、知ってるの。
いっくんが、雪の話をするときに、幸せそうな顔をすることも、少し切ない顔をすることも。

何より、どうしようもなく、愛しい、とその目が語ってた。

だから、…………お願い。



泣きそうになったけれど、それを堪えて、辺りを見回すと、今度はすぐに見つかった。

良かった、と言いそうになるが、彼の視線を追って口に出すのをやめた。


その代わり、彼に気づかれないよう、ゆっくりと近付いて行く。

近付く度に、彼の表情がはっきりとしてきて、どうしようもなく、泣きたくなった。

それでも逃げ出さずに近付いて、背後に回って。


「いっくん!!!」


真後ろで叫んでやった。
案の定驚いたいっくんは、うわっ!!と、大きな悲鳴を上げた。


「うへへー、行ってきたよー。」


にやにや笑いながらそういうと、もー、と頭をわしゃわしゃされた。

待って、何これ。
なんかデジャブ。


「女の子がうへへなんて笑っちゃだめだよ。わかった?」

「はいはい、わかったわかった。」



< 8 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop