ドメスティック・エマージェンシー
階段を降りてすぐにあるドアに手をかける。

緊張がゆらゆらと体内で燃える。
対照的に頭は冷え、右手に持ったカッターの感触をしっかり確かめていた。

――分からないなら、やってみればいいのだ。
もし、後悔したらその時はその時だ。
私は耐えられない。
この憎悪が一生続くなど。
普通に戻りたいのだ。

葵のような[普通]に……

ドアノブを回し、開いた部屋に足を踏み入れる。
寝静まった部屋で二人と私の呼吸音のハーモニーが奏でられる。

まずは父親を殺めようと横にソッと座った。
ふと、辺りを見回す。

影が消えた。
どこにもいない。
月光が入らないのだから当然だが、私は急に心細くなった。

迷子の子どもの気分で、父親を見下ろす。
すると右手のカッターを思い出し、私は一人じゃないことを再度感じさせられた。

殺したい。
殺さなきゃ。

カッターを振り上げる。










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