ドメスティック・エマージェンシー
ふと、雨が私を取り囲まなくなった。
しかし目の前で繰り広げられる天気のショー、他人事のように雨は降り続いている。

まるで私一人が世界から省かれた気になって、寂しさを仰ぐように上を見上げた。

傘が差されている。
その傍らに人が立っていた。
細い胴体に長い手足を付け、顔が見えない。
だが、唇は見えた。

血のように鮮やかな真っ赤な唇――

見覚えがあった。
以前会ったことがある。
目の前の人間と、以前会ったことがある人間との輪郭がスッと重なって私の頭の中で弾けた。

「あなたは……」

そういえば彼の名前を聞いてない。
言葉に出来ずにいると、唇は命を持った一匹の生き物のように曲がった。

「悔しいか」

彼が冷笑する。
その唇だけで、私に。

感情に再び波が押し寄せた。
冷たい頬に熱い雫が流れる。

「なあ、お前。俺と殺しやらへんか？」

男は、そう言って不敵に笑った。







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