ドメスティック・エマージェンシー
「そんな父親を俺は憎んだ。それでも父親は不倫相手と付き合いをやめないし、むしろ俺のこともどうでも良さげだった。なのに、あの人は……俺にとって、やっぱり[父親]だったんだ」

葵の境遇。
葵の生い立ち。
こうやって言葉を伝えられても記憶までは私に移らない。

それが、どうしようもなく悔しかった。

苦しそうに顔を歪める葵の頬に涙が伝う。
初めて見た涙なのに、どうにも懐かしい気分になった。

寂しさを抱えた少年が、そこにはいた。

「だからさ、俺は悪行をすることで父親の気を引いたんだ。……今は、さすがにもうしないけど。歳が歳だしね」

葵が自分の言った冗談にフッと笑った。
私も笑う。

いつもの葵だ。
見せた笑顔は清々しい程に、憎しみがなかった。
もう浄化した憎悪なのかもしれない。

勝手な解釈が、すぐに何となく確信に変わった。


自分の存在を無視し続けられることがどれだけ悲しいことか、大人には分からないのだろうか。
[イイコ]を演じることで好かれようとした私。
[不良]になることで構って貰おうとした葵。

子どもにとって、親とは……絶対的な存在なのだ。
生まれて初めて会う人間たちなのだ。

なのに、何故……無視して、否定して、愛さないのだろうか――







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