愛罪



 そらへ



 警察の方に気付かれるのは避けたかったので、あなたの金庫に保管しました。見つけてくれてありがとう。



 驚かせてしまってごめんね。

 お母さんは大きな罪をたくさん犯してしまいました。償いは、命しかなかったの。ごめんなさい。

 長くなるけれど、あなたには真実を話しておきます。



 正式にお付き合いはしていなかったのだけれど、お母さんを好きだと言ってくれる素敵な方がいたの。

 二条雄司さんという方でね、半年以上前だったかな、仕事仲間の園田さんに誘われて行ったお食事会で出会った。

 それから何度もお食事に誘って頂いてね。凄く真面目で、お話もとても面白くて、楽しい方だったわ。

 何度かおうちにも招いて頂いて数回目にお付き合いのお話を頂いたのだけど、はっきりした返事を返せないままでね。

 雄司さんにはそらの一つ上の娘さんがいらっしゃって、真依子さんっておっしゃる方で凄く上品で綺麗な方だったよ。

 真依子さんを紹介して頂いたその日に、雄司さんはお母さんの働く病院で息子さんを亡くしていたことを聞いてね。凄く驚いたわ。

 このお話だけだったら意味がわからないわよね。



 お母さん、雄司さんに嘘をついたままお会いしていたの。

 あのお食事会はね、結婚相手を見つけるために開かれた会だったの。お母さんは、園田さんに強く頼まれた人数合わせだった。結婚相手を探すつもりなんて全くなかったし、まさかお母さんを気に入って下さる方がいらっしゃるなんて思ってなくて。

 女性は皆、独身という形で参加して、独身じゃないのはお母さんだけだった。

 お母さんは、そらと瑠海、お父さんの存在を消して雄司さんと会っていたの。

 何度も何度もそのことを素直に打ち明けようとしたのだけれど、雄司さんのまっすぐな気持ちを前にするとなかなかタイミングを掴めなくて、嘘をつきながら雄司さんと会っていることは園田さんを含めて誰にも話せなかった。

 そんな中、雄司さんの息子さんのお話を聞いたのね。結婚を前提にお付き合いを申し込む前に、もう一人家族がいることを話しておきたいって。

 お話を聞いたのは昨日よ。今日出勤してからすぐ、病院で息子さんのことを調べたの。



 二条良太さんという方で、そらの七つ上でね、心臓の病気で亡くなられていたわ。手術をしても駄目だったって記録が残っていたの。



 けどね、思い出した。

 彼は手術が失敗したんじゃなくて、医療ミスで亡くなったのよ。一時期、院内で医療ミスがあったらしいって噂になったそのミスで命を落としたのが、良太さんだった。

 お母さんや他のナース達は、噂を信じずに今日まで生きてきたわ。



 わかって欲しいとは言わない。けれど、お母さんは一度に償い切れないほどの過ちを犯してしまった。

 あなたたちをいないものとして雄司さんを騙し続け、彼の大切な息子さんをミスという重大な罪で殺した病院でのうのうと働き、命の重さを語っていた。



 弱いお母さんで、ごめんなさい。

 そらは優しい子だから、もっと話をしていれば、と自分を責めてしまうかもしれないわね。

 けれど違うのよ。どうか、自分を責めないで。

 あなたを授かった日のことは一生忘れないわ。お母さんは、あなたの母親を20年も務めることが出来て本当に幸せだった。



 最後だとわかっているからたくさん書きたいことはあるけれど、この辺にしておくわね。

 携帯電話だけれど、雄司さんからの連絡を避けるため、雄司さんに警察の方から連絡がいかないため、解約しておきました。何もかも隠したまま死んじゃうこと、許して下さい。

 雄司さんには本当に楽しい時間を頂いたから、これ以上迷惑はかけたくないの。どうか、彼には会わないで。この手紙をあなたしかわからない場所に隠したのは、雄司さんへ被害がないように、なの。お願いします。



 そら。瑠海とお婆ちゃんをよろしくね。

 お母さんは、ずっとあなたたちを愛しています。今まで、数え切れないほどの愛をありがとう。

 雄司さんから昨日頂いた婚姻届はデスクの下のファイルの中です。雄司さんからの誠実な気持ちだと思うと、捨てられませんでした。そらの手で、捨てておいて下さい。



 自ら命をたつことは決して許されることじゃない。

 けれど、お母さんは愛する人達を一度に裏切ったわ。苦しくて苦しくて、あなたや瑠海の顔を浮かべては泣きました。

 今も凄く、あなたに会いたいです。距離のある親子だったけれど、お母さんはあなたの姿が見れるだけで幸せでした。



 そら、瑠海、お母さん。

 最後まで、あなたたちを困らせてごめんなさい。今まで、ありがとう。



 さようなら。



< 205 / 305 >

この作品をシェア

pagetop