はなおの縁ー双葉編ー
いつかしら、二人は浅草の境内地に入っていた。

この境内地には麦湯を出す店があり、そこに腰掛けて話を続ける。

麦湯を二つ頼み、彼は言った。

「そんなこと、林太郎は話しさえしなかったよ。でも、そういうことは絶対に言わんな、あいつは。」

「そうですか?」

「うん、大事なことほど話さない、あいつは」

しばし、遠い目をする。

そう私の兄、沢 林太郎という人は、非常に信頼の厚い人で、その為に、兄を慕う人は非常に多い。

兄は医学部で本来、彼とは接点がないはずなのだけれど、一高時代からの同級ということ、共に剣道と古武術を学び続けているということから、二人は無二の親友になっているらしかった。

しかし、その間にも、彼はあたしの家に遊びに来ているはずなのに、何故か一度も家で彼に会ったことはなかった。

今から思えば、私を他の男の人に会わせなくするためだったようで、後で兄に聞いてみた話では、とにかく悪い虫をつけることだけは避けるようにしていて、自分の眼鏡にかなったものだけを家に入れていたんだ、と言っていた。

彼と家で会ったことは一度もなかった、と言ったら、兄は涼しい顔で、

「そりゃその時は縁がなかったんだろ。」とこう返してきた。
< 40 / 92 >

この作品をシェア

pagetop