M i s t y
「手馴れてるな アンタ ただのウェートレスじゃなさそうだな
店の可愛い顔はどこにいった?」
「アナタこそ 朝の顔と違うわ ねぇ どっちが本当の顔なの?」
男はフンと鼻で笑って横を向いた。
傷の手当が済み、ソファに横たえると素直に体を預けてきた。
「そこにいて すぐ戻るから」
「どこに行くんだ 部屋を出るな!」
「その拳銃をしまって ここで発砲したらすぐにばれるのよ
そのくらいアナタだってわかるでしょう?
車の中の血を始末してくるの 誰かに見られたら言い訳できないわ
心配ならついてきて」
車に行き後部座席の床の始末をした。
血のついたカバーを剥ぎ袋に入れる。
シートについた血をふき取り、男の痕跡を消した。
本部に連絡したくても、こんなときに限って誰にも会わない。
もし会ったとしても、男がそばにいては何も伝えられない。
それに、ここでは仮面をかぶって暮らしているのだ。
誰にも悟られるわけにはいかなかった。
怪我をおして部屋と駐車場を往復したため、男の体は疲労に満ちていた。
「アンタ名前は? 毎日会ってるのに聞いたことがなかったな」
「ミホ」
「ミホか……」
あらかじめ頭に叩き込んだ ”ミホ” という名の女のプロフィールを、
聞かれもしないのに男に言って聞かせた。
捜査のために、成りすました架空の女のための部屋だ。
この部屋には本当の私を示すものは何もない。
犯罪者をかくまうには、これ以上ない条件だった。
毎朝、同じ時間に店にやってきてコーヒーを飲みながら、
私と楽しそうに話をしていた男と目の前にいる男は、
確かに同じ顔をしているが、全く別の雰囲気を持っていた。
この仕事をしていると危険な人物を嗅ぎ分ける勘が備わってくる。
内偵をしながら危険人物を割り出し、注意深く接触していくのが
私の仕事だ。
ところが、この男に限っては全くノーマークだった。
カウンターに座り、話しかけるときは真っ直ぐに私の目を見ていた。
それは、誤解するほど好意的な視線だった。
誤解するほど私を見つめる目に 私も ”ミホ”として、男に好意を
持っていた
コーヒーを出すと男の手が当たり前のように受け取り、
時折触れる指先に、忘れていた甘酸っぱさを感じた。
それだけで一日が楽しくなるのだった。
「アンタ 何でも楽しそうにしゃべるんだな
アンタとしゃべってると今日も一日頑張ろうって気になるよ」
男も自分に好意を持っていると思っていた。
あの視線も言葉も、全部偽りだったのか……
いや、この男が毎朝店で見せる顔すべてが演技だとは思えなかった。