ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
この10年、和田梓はどんな想いで過ごしたんだろう。
恋愛には、3つの「ing」が必要と聞く。
タイミングと、フィーリングと、ハプニング。
私と宏之には、それがたまたまあてはまっただけで。
それらのひとつでも逃すと、宏之の隣にいたのは私ではなかっただろう。
和田梓だったかもしれないし、別の誰かだったという可能性は、大いにありえたのだ。
そのうちのどれかが欠落した、そんな瑣末なことが、何かを狂わせる。
梅津さんという今の旦那さんに惹かれた時、報われなかった想いがかすかによぎったかもしれない。
過去を乗り越えて、彼女は彼女なりに精いっぱいの幸福を手に入れたのに。
私が結婚していないのは、左手の薬指が空白だということを見ても明らかなのに。
自らの幸せ自慢までひけらかしたのに、それだけでは彼女の気は済まなかったんだろう。
私が絶望しているのを目の当たりにして、やっと彼女は優越感に浸ることができたに違いない。
私と別れて雑踏に紛れる時。
和田梓の後ろ姿を、なぜか鮮明に覚えている。
子どもの手を引いているにもかかわらず。
小気味いいヒールの音をさせていないにもかかわらず。
颯爽とした軽やかな足どりで、背筋をしゃんと伸ばしていた。
なんともすがすがしく、誇らしげなものだった。
成就できず、いつまでも燃え尽きることのなかった片恋が、10年もかかってようやく鎮火できたんだろう。
「またね」と最後に交わした言葉は、ふつうなら再会を約束するものだけど。
私と和田梓の間には、きっと、そんなものは訪れない。
「反対、されちゃった」
ことり、とワイングラスがテーブルに置かれる音に続いて聞こえたのは、悲哀をにじませた小さなつぶやきだった。