ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
目をしばたたかせる。
年月のぶん、記憶よりわずかに痩せているけど。
変わっていない。
あの頃と、何ひとつ変わっていない。
昨晩、会ったら最初に何を言おうか、一生懸命にいろいろ巡らせていたはずなのに。
頭が空転したのか、何も浮かんでこない。
ただ、胸の鼓動が加速していく。
胸が苦しい。
見つめあったまま、どちらも動けない。
「トマトリゾットも、向こうにあったよ」
先に口を開いたのは、宏之だった。
トマト味。
私の好きな食べ物のひとつ。
些細な嗜好を覚えていてくれたなんて。
私のことは、最後に会ったあの日から記憶の片隅にも残っていないとばかり、勝手に決めつけていたのに。
「トマトリゾットは、今はいらないかな。今はローストビーフの気分だから」
なんだよそれ、と声をあげて笑う。
その笑い。
変わっていない。
目を細めて、本当に楽しそうに笑うその顔が、本当に大好きだった。
やっぱり、その笑顔は好きだ。
今でも、大好きだ。
笑う宏之の左手をそれとなくチェックする。
薬指に指輪は、ない。
ふいに笑うのをやめて。
「久しぶりだね」
柔和な瞳を向けたまま、宏之が言う。
「うん、久しぶり」
「元気だった?」
「もちろん。宏之は?」
「もちろん」
私の口調を真似する。
もちろん、なんて答えたけど、元気じゃない時もあった。
宏之が東京に行った直後は、つらくてつらくて、泣いてばかりだった。
見送りに行けば、遠距離でも関係を続けていくことができたのかもしれないと思うと、後悔するしかなかった。
きっと、宏之にもそういう時はあったんだろう。
今の宏之には、私の知らない時間のほうが、多い。
でも。
今が元気そうに見えるから、それでいい。