『桜が咲くにはまだ早い三月』
第七章  『プロローグ』  二節



転勤なんて珍しい事でもなんでもないよと

浩太は私に優しく言っていたけど、

急に不安な顔をした私を見て、

浩太はその大きな手で私の頭を愛おしそうに撫でた。

大丈夫だよと。


そして私達は車の中でしっかりと手をつなぎ

しばらくの間そのまま動かずにいた。



「サクラに、何て話したらいいのかな・・・」


「うん。」


浩太も私もその答えを知らなかった。



次の日まで待って、私はサクラにメールを送った。

あんな別れ方をしたままじゃ、あまりにも悲しすぎる。


サクラが私と一生会わずに暮らして行こうと決めていたとしても、

それをくつがえす術を、私は探し当てなくてはならないと思っている。


サクラにとってはそれほどの出来事なのだと、

あの後ろ姿が私に訴えかけていた気がする。


まるで重い罪を犯してしまったような、

大切な何かを無くしてしまいそうな怯えた心を、

私は自分の力で乗り越えなければならないんだ。


その方法をまだ何も見つけていないとしても。

サクラは大切な、とても大切な私の友達なのだから。



「サクラ ごめんね。

サクラの事、サクラの気持ち、

何も分かっていなかった私を、サクラは怒っているかな。

それとも呆れているかもしれないね。

いつかまた、ふたりで会える日が来るかな。

今までと同じように笑い合いながら仕事や、

彼の、浩太の話が出来るようになるかな。


サクラにどんな言葉で話しかけたらいいのか分からないけれど、

サクラにだから言わせて。

おねがい。

私は、私と浩太はふたりで生きて行こうと決めました。


サクラ

サクラにごめんねって言うのは失礼だよね。

だから約束させて。

浩太とずっと一緒に生きて行く。

一緒に生きて行く事を約束させて。」





それから私達は浩太が転勤する日までのひと月間を、

仕事の都合をつけてなるべく一緒に過ごそうと決めた。


ここから車で一時間半ほどのその場所で始まる新しい暮らしが、

私達の未来をどう変えてしまうのかと不安になったけれど


「週末は戻れるし、由香ちゃんも俺のとこ来てくれるでしょ?」

その言葉に私は大きくうなずいた。


浩太の会社は全国に支社があり転勤は決して特別な事ではなく、

まして若く身軽な社員が経験を積むために日本中を飛び回る仕事なら、

それに従うのが当たり前の事なのだ。


でも浩太、タイミングってモノがあるよ。

二人の気持ちがやっとつながった、

何も今じゃなくてもいいじゃない。



そしてサクラにメールを送ってから一週間が過ぎたけれど、

結局サクラからの返信はなかった。



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