『桜が咲くにはまだ早い三月』
第七章  『プロローグ』  一節



黙って帰ってしまったサクラに、

今、私がしなくちゃいけない事は何だろう。


二人の関係にこんな筋書きが待っていたのなら、

今までのサクラとの繋がりはここにたどり着くまでの

残酷なプロローグだとでも言うのだろうか。


サクラ

しょうがないよって…

どうしようもない事だよって…


サクラの悲しみと引き換えに訪れた私の恋を、

サクラは黙って受け止めてくれるのだろうか。


浩太の声の先にある愛しさが、私の胸に一気に押し寄せ、

私の想いは苦しくなって行った。


「ねぇ、さっきの本屋さんで待ってて。

これからすぐ行く。」


「うん、分かった。

待ってるよ。」


浩太は慌てたように、でも嬉しそうに電話を切った。


私は急いで車に乗り込み、

浩太が待つその場所まで車を走らせた。


さほど広くない道幅の通りは信号ばかりでイライラしたけど、

今なら素直に浩太が好きだと言える気がして、

信号が赤から青に変わる少し前にゆっくり車を発進させた。


私の気持ちは焦っていた。

すぐに浩太に会わないと、誰かに・・・

サクラに・・・

奪われてしまいそうで怖かった。


通り慣れた本屋の角を曲がって、込み合った駐車場の空いているスペースを見つけ

私はそこに車を停めた。


ドアを開けようとした私を浩太はすぐに見つけ、

その長い足で走り寄って来た。

窓を開けていたから風に髪が流されて恥ずかしかったけど、

浩太は何も言わず私の顔をじっと見つめた。


そして運転席の脇にしゃがみ、

私の目線と合うように地面に膝をついた。


そしてそのまま、ドア越しに私たちはキスをした。

ドアに置いた私の手を、浩太の大きな手がギュッと握ったままで。


誰かが見ているかもしれないと思ったけど、

でもそんなことはどうでも良かった。


浩太は私にもう一度静かに優しいキスをした。

初めてしたあのヘタクソなキスじゃなく、

浩太の良い香りに包まれた最高のキスを。



本当はあの日からずっと浩太に会いたかったんだ。

そう言おうと思っていたのに・・・



だけど、浩太は言った。


「転勤…

隣の県だから近いんだけど、来月転勤する事になった…」



誰が何のために


私達の何を試そうとしているの。

私達のこれからに何が待ってるって言うの?




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