『桜が咲くにはまだ早い三月』



史彦がお酌をしながら私にだけ聞こえるように


「妙子にさ、新しい彼出来たの知ってる?」


「うん。
腕くんで歩いてたの見たよ。」



「浩太が切り出したんだよ。
別れ話」



「そう。
別にどうでもいいけど。」


切り捨てるように云うのは、私の性格上珍しくない事だけど、本当にどうでもいいことだった。



だけど


「由香ちゃんが原因なんだ。」



だから彼女は私をシカトしたのかと、笑いかけた事を少し後悔したけど、だからって直ぐに違う男と腕を組んで歩く神経も私には理解し難い事だった。



史彦は


「由香ちゃん、今日の帰りさ、浩太に由香ちゃんの事送らせてあげてくれないかなぁ。」



友達思いなのか、面白がっているのか、いつまで学生気分でいるんだろうと思ったけど


「いいよ。」


なんて、私は少し調子に乗ってOKサインを指で作った。



私がOKしたわけ、それは…



実は浩太がとてもおしゃれで、いつもセンスのいい洋服を着こなし、長い腕を持て余すように歩く姿が綺麗だったから。



一緒に歩くにはそうとう気分が良いだろうと、三人で歩いた時に密かに思っていたから。


でもそれは私にとって、気に入ったアクセサリーを付けるのと、大差のない事くらいに その時の気分だけのものなのだ。
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