『桜が咲くにはまだ早い三月』
あ、アイツか…
彼の後ろにはきっとアイツがいるはずだ。
安西史彦はアイツの友達だから。
だいたいこんな時は
「今何してたの?」
なんて聞くに決まっている。
「実はさぁ…」
なんて、言うに決まっているんだ。
史彦は言った。
「今何してるの?」
ほらね。
やっぱり。
一年前アイツは少しだけ私の彼氏だった。
知り合いに誘われて出かけたクリスマスパーティの帰り道
なんでそんな事になったのかは忘れたけど、アイツとアイツの彼女と私の三人で駅まで歩いて、二人は手なんか繋いで私に気を使う事もなかったくせに、年が明けたら彼女は別の男と腕を組んで私の前を通り過ぎていた。
私は平静を装って笑いかけたけど、彼女は目線を合わせず私を無視した。
彼女ともそんな親しい仲でもなかったから、大して気にもかけなかったけど、本当は私が原因で二人は別れていたことを私はしばらく後になって知ったのだ。
アイツ
田辺浩太
安西が連れて来た大学の同級生。
妙子と云う彼女も確か同じ大学だったはずだ。
それから友人が開く飲み会には、必ずアイツが顔を出すようになった。
何かにつけて私のご機嫌をうかがい、側に座ろうとする姿は見え見えのアプローチだった。
でも、知ってる娘の彼だった人なんて嫌だった。
浩太の事は嫌いじゃなかったけど、二人で会いたいとも思わなかった。