『桜が咲くにはまだ早い三月』



駅の改札口はまるで何かに追われてでもいるかように、どこから集まって来るのか、大勢の人々が小走りで次々に構内へと吸い込まれて行く。



最終電車は今夜も、一日のドラマチックだったかもしれない日常を運び、明日へ繋げる手助けをしている。


その波にのまれながら、着信の文字をもう一度確かめ、私は携帯をバッグの中にしまった。





あれから浩太はどうしただろう。



どこかにいる浩太のシャツにまだ私の香りが残っているとしたら、今頃はさっき触れた唇と、ひとりで帰った私の行き先をあれこれ思い巡らせているのだろうか。



電車のホームで立ち止まると、私の首筋に残る浩太のちょっと良い香りが、次から次から押し寄せて来た。


そして、つないだ手のぬくもりと交差してそれは私の心臓を揺さぶり出した。









追いかけて来なかったアイツ。
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