あの夏よりも、遠いところへ
◇◇
がむしゃらにした練習のおかげで、夏休み最終日には、いよいよ曲が完成しそうになっていた。
はじめてピアノを触ってから1か月と少し。たったそれだけの期間でショパンを弾けるようになるなんてとても普通じゃ考えられないことだと、サヤは言った。
「蓮はもしかしたら天才かもしれへんねえ」
「へへ、そんなわけないやん。サヤの教え方が上手いだけやって」
「ううん、ほんまにすごいことやねんで。蓮が将来ピアニストになってたらどないしよ。もう私、手が届かへんね」
本気なのか冗談なのかも分かんねえよ。
斜め上の彼女を見上げることができなかったのは、サヤがまたあの淋しそうな表情を浮かべている気がしてこわかったからだ。
「……私、蓮にはずっとピアノを弾いとってほしいねん」
「ずっと?」
「私が愛した楽器を、蓮も愛し続けてほしい。蓮のピアノ、すごく好きやから」
男がピアノを弾くなんて、ずっとかっこ悪いと思っていた。ピアノは女だけが弾く、女々しい楽器だって。
俺はバスケが好きだし、中学に上がったらバスケ部に入ろうと思っていたんだけど、参ったな。そんなふうに言われちゃ、指を大切にしないといけなくなる。
「俺もな、サヤのピアノ、めっちゃ好きやで。ほんまに好きやで!」
「ふふ、ありがとう」
本当は、いまだって同じだ。ピアノが好きかどうかと訊かれたらきっと微妙だし、この楽器を弾いているということだって、なんだか恥ずかしくて仲間には隠したままだし。
けれど、サヤがピアノを弾くから。サヤがこの楽器を好きだと言うから、俺も弾いているんだよ。
少しでも彼女に近づきたい。ただ、それだけのために。
がむしゃらにした練習のおかげで、夏休み最終日には、いよいよ曲が完成しそうになっていた。
はじめてピアノを触ってから1か月と少し。たったそれだけの期間でショパンを弾けるようになるなんてとても普通じゃ考えられないことだと、サヤは言った。
「蓮はもしかしたら天才かもしれへんねえ」
「へへ、そんなわけないやん。サヤの教え方が上手いだけやって」
「ううん、ほんまにすごいことやねんで。蓮が将来ピアニストになってたらどないしよ。もう私、手が届かへんね」
本気なのか冗談なのかも分かんねえよ。
斜め上の彼女を見上げることができなかったのは、サヤがまたあの淋しそうな表情を浮かべている気がしてこわかったからだ。
「……私、蓮にはずっとピアノを弾いとってほしいねん」
「ずっと?」
「私が愛した楽器を、蓮も愛し続けてほしい。蓮のピアノ、すごく好きやから」
男がピアノを弾くなんて、ずっとかっこ悪いと思っていた。ピアノは女だけが弾く、女々しい楽器だって。
俺はバスケが好きだし、中学に上がったらバスケ部に入ろうと思っていたんだけど、参ったな。そんなふうに言われちゃ、指を大切にしないといけなくなる。
「俺もな、サヤのピアノ、めっちゃ好きやで。ほんまに好きやで!」
「ふふ、ありがとう」
本当は、いまだって同じだ。ピアノが好きかどうかと訊かれたらきっと微妙だし、この楽器を弾いているということだって、なんだか恥ずかしくて仲間には隠したままだし。
けれど、サヤがピアノを弾くから。サヤがこの楽器を好きだと言うから、俺も弾いているんだよ。
少しでも彼女に近づきたい。ただ、それだけのために。