あの夏よりも、遠いところへ
 ◇◇

当然宿題なんて手に付くはずもなく、俺は新学期からこっぴどく叱られてしまった。

口うるさい担任と、アホみたいに騒ぐ仲間。学校はなにも変わらない。変わったことと言えば、新学期になってからなぜか、クラスの女子がみんなガキっぽく見えるようになったことくらいだ。


「ただいまー」

「おかえり。ご飯もう少しでできるし、ちょっと待っててな」

「おー」


ランドセルをソファに投げ捨てて冷えたコーラを飲む俺に、オカンが背中から声をかける。


「最近、出掛けへんのやねえ」

「ん?」

「ほら、夏休みは毎日どっか行っとったやろ? 朝から自転車かっ飛ばして」

「……ああ、うん。もうええねん」


もう、ええねん。


あれからもう1か月も経つのか。いまとなってはもう、あの夏休みはまるで夢みたいだ。

ピアノの練習は続けているけれど、サヤのいないそれはどうしても楽しくなくて、そろそろ嫌になってきたな。

だって俺はピアノじゃなくて、サヤのことが好きだったんだ。とうとう最後まで言えなかったけど。


「じゃ、ピアノ弾いてくる」

「ほんま、飽きへんねえ。スミレにも見習ってほしいわ」


それでもまだ毎日きちんとピアノに触っているのは、再会を信じているから。

この曲が完成したらまた会えるという慰めのような彼女の嘘を、俺はまだ、諦めていないんだぜ。馬鹿みたいだろ?
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