あの夏よりも、遠いところへ
俺もなかなか自由なガキだと思うけど、スミレを見ていると自分がとてもかわいく思えるのだから、不思議だ。
「ちゅうか、兄ちゃん聞いてー」
「なんやねん。俺いま忙しいの、見て分からへんのか」
「えー、ピアノ弾いてるだけやん」
無視して鍵盤に向かう俺に構わず、どこで覚えたのか、スミレは俺の首に手を回して抱きついてくる。
あーうっぜえ。
「きょうなー、実はシンくんと一緒に帰って来てんやん」
「ふうん」
「なんやねん、その反応。妹の恋バナくらいちゃんと聞いてーや! ほんっましけるわ」
知るか、そんなもん。
好きな男だのなんだの、小学生のうちから本当にませてやがる。俺より年下のくせにさ。
「あ、兄ちゃんヤキモチ妬いてんねやろー」
「んなわけあるか。ほんまにうっといねん、おまえ。下でテレビでも見て来いアホ」
どけち、と呟いたスミレは、そのまま階段をたんたんと下りていった。
ああ、やっと厄介払いができた。本当に面倒な妹で、兄ちゃんは参るぜ。
俺たち兄妹はたぶん、どちらかというと仲が良いほうなのだろうとは思うけれど、やっぱり年頃になると難しい。急激な成長を見せる妹をどう扱えばいいのか、最近ではもう分かんねえし。