姫と王子が恋をする物語。
最初のキスは、駆け引きの一部に過ぎない。
「キス、しようか」
低音の声が、耳の鼓膜を熱く震わせる。
女の子の憧れの行為。
始まりを告げる、甘い言葉。
裏には何もなくて、ただお互いを求めて。
普通はそうだ。
ロマンチックなものでしょう。
少女漫画で何度も何度もときめくシーン。
何度も何度も妄想するシチュエーション。
でも、どうやら私は違うようで。
この、目の前の男の言葉の中に、私の求めるものが何もない。
「愛」「ときめき」「優しさ」「衝動」「甘さ」
まったく感じない。
ただ感じるのは。
この男の漆黒の瞳に揺れる、よからぬ企みと。
私の中にある、「すがりたい」という焦りだけだった。
真っ黒な闇に揺れる、無数のキャンドルの光。
涙で光がぼやけ、円になる。
この光とともに、溶けてしまえばいい。
わたしは目を合わせることなく、表情のない声で答えた。
「いいよ」
わたしに選択肢なんて、ないのだから。
第一話 「最初のキスは、駆け引きの一部に過ぎない。」