春雪
 友達のような関係から本当の恋人の関係になったのは、付き合ってから10ヶ月ぐらい。
 デートの時、彼は少しだけお酒を飲んでいて、その帰り彼の部屋に誘われた。

 この誘いがどんな意味があるのか私にもわかっていた。
 酔った勢いなのか、彼の気持ちが私へ向いてきたのか私にはわからなかった。
 でもちゃんとした恋人同士になれたら、2人の関係に変化があるのではないかと思ったのだ。

 実際は体を重ねても彼の少しだけ素っ気ない態度に変化はなく、2人の間にある見えない壁も消えることはなかった。
 悲しい現実。
 
 体を重ねていても、彼からの愛を告げる言葉はない。
 彼の心が自分にないことは十分にわかっていても彼に求められれば応えた。

 恋人同士になっても私は片思いのまま……。
 片思いでも仕方ないと思っていても、時にどうしょうもなく胸が苦しくなった。

 彼は周りに言われて仕方なく私と付き合ってくれているのだ。
 そんな彼と別れることなんて出来ないのだから受け入れるしかない。
 そう何度も呪文のように自分に言い聞かせる。

 私と別れて、彼が他の女性と一緒にいることを想像するだけで胸が潰れそうに苦しい。
 想像だけでこれだけ苦しいのだ。
 本当に起きたらどうなるのか怖い。

 私は恋人になっても手の届かない彼を想うことしか出来なかった……。

 そんな関係に一石が投じられたのは、付き合うことになってもうすぐ一年になるクリスマス前の事だった。

 突然、知らない番号が携帯のディスプレイに表示された。
 戸惑いつつディスプレイを見ていると、しばらくしてメッセージのアイコンが点滅した。
 電話をかけて来た人がメッセージを残したのだ。

 私はゆっくりと携帯を取って、そのメッセージを再生させる。

『大事な話があるので折り返し電話してください。電話番号は×××ー××××ー××××です』

 電話の向こうから聞こえてきたのは、聞いたこともない女性の声だった。
 一瞬悩んだものの、私はその番号にかけなおすことにした。

 すぐにかけ直したせいか、相手はすぐに電話に出た。

「今お電話いただいたみたいなんですけど……」

 相手の女性はメッセージの時より低い声で話し出す。

『高木 七海?』
「……はい」

 いきなりフルネームを言われて、少しだけ警戒してしまう。
 知らない人に呼びつけられることなんてあまりないからだ。

 なんとなく嫌な予感がして携帯を持つ手が震えた。

『私、浜崎ゆりか。柳 雅輝の恋人なの』
「え?」

 いきなり告げられた言葉に、私の時間が止まった……。
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