春雪
 突然告げられた恋人の名乗りに私は激しく動揺してしまう。

『彼には止められてたけど、もう私我慢できないのよ。いい加減別れて!』
「な、なにを……」
『彼は親友に言われて仕方なく付き合ったみたいだけど、彼に想われてないのにいつまでも別れないなんて、いったいどういう神経してるの?』

 彼女の言葉が胸を深くえぐる。
 ずっと、彼に想われてないことで悩んできた。
 それでも彼と一緒にいたくて、恋人でいたかったのだ。

『なんで私がいつまでもこそこそと彼と付き合ってないとならないわけ? 親友を傷つけたくないって彼の優しいところは好きだけど、好きでもないあなたにまで優しいのは過ぎた優しさだと思うわ。彼をこれ以上苦しめないで、だからあなたから別れてよ』

 雅輝くんと夜を過ごしたのはつい先日のことだ。
 彼女が彼の恋人だとしたら、恋人がいるのに私を求めるなんておかしい。
 雅輝くんは誠実な人だから、そんなことするようには思えなかった。

 それに彼は女性を好きじゃない。
 そのことは1年近くも付き合って確信があった。

「……あなたが雅輝くんの恋人だって信じられません」

 だからこの人が彼の恋人だなんて思えなかったのだ。

『クリスマスよ……』
「え?」
『クリスマス、24日も25日も彼は仕事で会えないって言わなかった?』

 その言葉にどくん!と心臓が大きく鼓動する。
 つい先日の会話が脳裏に浮かんぶ。

「クリスマス? クリスマスはイブも両方仕事だから会えない」
「……お仕事大変だね。倒れないように体調だけは注意してね?」
「ああ。無理はしないよ」
 
 デートの帰り、彼から告げられたクリスマスの予定。

 クリスマスは恋人同士のイベント。
 当然、私も楽しみにしていた。

 前回のクリスマスには付き合ったばかりで、イブの日、ちょっと夕食を一緒にしたくらいだったのだ。
 今度こそ恋人同士らしいクリスマスが過ごせるとひそかに楽しみにしていたし、会えないとわかってさびしかった。
 
 けれど忙しい彼の体調の方が心配だったし、仕事なのでは仕方ない。
 そう思っていたのだ。

「その日は両方とも仕事だって……」
『24日はともかく25日は日曜日よ? どんなに仕事が忙しくても少しくらい会えるに決まってるじゃない。仕事だなんてあなたを傷つけないための嘘よ。24日に彼がうちに泊まりに来るからあなたとデートするなんて無理なの。嘘だと思うならその日、会社に電話して確かめなさいよ』

 自信たっぷりな説得のある言葉に手が震えた。
 彼の誠実さを信じているはずなのに心が揺れる。

『確かめてみて彼の嘘がわかったら別れて! 私は彼が嫌々あなたの所へ行くのはもう嫌なのよ。彼のこと少しでも好きなら自分から身を引いて!』

 それだけ言うと気が済んだのか、私の返事も聞かずに電話は切れた。

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