恋するキミの、愛しい秘めごと
「今日はね、ジャンヌ君に謝らないいけない事があるんだ」
向かい合って座り、コーヒーをひとくち口に含んだところで高幡さんがそう告げた。
“謝らないといけない事”。
その一言に、鼓動が少しだけ速まる。
プライベートな事で高幡さんに謝られるような事はないのだから、それは確実に仕事関係の事なのだろう。
すると、よっぽど感情が表に出てしまっていたのか、私の顔を見た高幡さんが慌てたように首を横に振った。
「いや、そこまで大きな問題ではないから、心配しなくて大丈夫」
安心させるように静かに笑った彼に、少しホッとする。
だけど未だに心の中がスッキリしなくて、その瞳を見つめながら次の言葉を待った。
「実はね、今回の企画から外れる事になったんだ」
「――え?」
一瞬、何を言っているのかが解らなかった。
心臓がまた鼓動を速めだして、ドクドクという音が耳元で聞こえる。
「“外れる”というより、“外れざるを得ない”という表現の方が正しいかもしれないが」
動揺する私とは対照的に、高幡さんは穏やかな声でゆっくりと、事のあらましを話してくれた。
「急なんだが、近々イギリスに行くことになってね」
「イギリス……ですか」
「うん」
小さく頷きながらカップに口をつけ、静かにコーヒーを口に流し込むその様子を、私は何も言えずに眺めていた。
1年後にイギリスに出来る博物館の一部門を取り仕切るチーフに、急遽抜擢されたんだ――そう言って微笑む高幡さんはすごく嬉しそうで……。
「君と一緒に、この仕事を最後までやり遂げたかったんだが……。こんな老いぼれでも、ずっとやりたいと思っていた夢があってね」
窓から差し込む光が作りだす、穏やかな陽だまりの中。
カンちゃんも――気づけば私も大好きになっていた高幡さんに、こんな幸せそうな表情をされてしまったら。
「おめでとうございます」
「……」
「私も高幡さんをガッカリさせないように、精一杯頑張ります!」
思わず嬉しくなって、その夢を応援したいって思ってしまうに決まっている。
「ところで、宮野さんには……」
「いや、まだ言っていないんだ。だって彼、怒ると怖いだろ?」
「……」
「ジャンヌ君の方から、上手いこと言っておいてくれないかなぁ」
困ったように頭を掻きながら、真顔でそんな事を言う高幡さん。
この素敵な人は、やっぱりカンちゃんの師匠だと思った。