恋するキミの、愛しい秘めごと

驚くほど沢山の人達が見上げる壇上で、司会者らしきタキシード姿の男の人がマイクを手に、パーティーの開会を告げる。

その人が立つ壇の、左横。

そこに、高幡さんと楽しそうに談笑しているカンちゃんの姿を見つけた――。


ダークグレーのタキシードに、落ち着いたイエローオレンジのフォーマルベスト。

腕組みをしながら、隣に立つ高幡さんに何かを話しかけるその表情は、おもちゃ売り場にいる子供みたいで、昔だったら「子供?」って笑っていたはずなのに。


「……っ」

ああ、ダメだなぁ。

何かを話したわけでもないのに……。

ただその姿を見ただけで、こんなにも泣けるなんて……私の涙腺は、どうにかなってしまったのかもしれない。


私の涙に気づいた人達が、遠慮がちな視線をチラチラ向けてくるけれど、それでも抑える事が出来なくて。

俯いたまま、司会者の声を聞いていた。


あの企画は市から委託によるものだったらしく、壇上に上がった恰幅のいい市長が、笑顔を浮かべながらカンちゃんに賞賛の言葉を送る。


その中に、心配していた榊原さんを責める言葉は一言もなくてホッとして、めでたい席だからなのかもしれないけれど、何となくそれが、カンちゃんの配慮のような気がしてならなかった。


そして遂に――……。


「カンジ・ミヤノ」という司会者の声に続いて、カンちゃんがゆっくりと壇上に上がって行く。


湧き上がった拍手に、少しはにかんだような笑顔を浮かべるその姿から、私は視線を逸らすことが出来ずに……。


また零れそうになった涙をグッと飲み込んで、トクントクンと速いペースで鼓動を刻む胸の辺りをギュッと握りしめていた。


小さな深呼吸の後、彼が最初に述べたのは、沢山の人への感謝の言葉。


流暢な英語でそれを述べたあと、「 I haven't drunk such a wonderful champagne in months」なんて、飲み友達であろう高幡さんに思わせぶりな視線を送りながら笑って、会場を湧かせる。


ステージの目の前には、指笛を鳴らしながら盛り上がるグループがいて、それに苦笑いを浮かべながらも楽しそうな彼の様子に、きっとあの人達が、カンちゃんの今の同僚達なのだろうと思った。


彼を囲む温かい空気に、私まで嬉しくなって頬が緩む。


――それなのに。

すっかり使い慣れた英語と、楽しそうなカンちゃんの表情に、離れていた1年という時間をヒシヒシと感じて。


きっとカンちゃんは、もう日本には――一緒に暮らしていたあのマンションには、もう戻らないのだろうと何となく思った。


カンちゃんが認められるのがとても嬉しいのに、こうやって少しずつ離れていくのかと思うと、この場にはそぐわない感情が芽生えてしまう。


振り向くと、開けられたままの扉の向こうにあの“地球”が見えた。


それに吸い寄せられるように足を一歩、後ろに踏み出した瞬間、

「最後になりましたが……」

それまでの英語から一変して、懐かしささえ覚える聞き慣れた日本語でのカンちゃん声が聞こえ、立ち止まる。


ゆっくり振り返ると、壇上のカンちゃんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま。


「これを作るきっかけをくれた大切なイトコの日和に、感謝の言葉を述べてご挨拶とさせて頂きたいと思います」


そう告げて一礼すると、沸き起こる拍手の中、壇上を後にした。
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